一緒に面白い趣向をして見せるぞい。ちゃんともう御隠居さんには打合せをして置いたからネ」
 こうお種が言うので、豊世は不思議そうに、
「母親さんはまた何を成さるんですか――」
「まあ、何でも好いから、お前の羽織を出して貸しとくれ」
 豊世の羽織には裏に日の出に鶴をあらわしたのが有った。お種はそれを借りて、裏返しにして着て見せた。
「真実《ほんと》に、何を成さるんですか」と豊世が心配顔に言った。「母親さん、下手な事は止《よ》して下さいよ」
「お前のように、楽屋でそんなことを言うもんじゃないぞい――見よや、日の出に鶴だ。丁度|御誂《おあつらえ》だ。これで袴を穿《は》いて御覧、立派な万歳《まんざい》が出来るに」
 豊世は笑って可いか、泣いて可いか、解らないような気がした。
「旅の恥は掻捨《かきすて》サ」とお種が言った。「気晴しに、私も子供に成って遊ぶわい……それはそうと、豊世は御隠居さんの許《ところ》へ行って、御仕度はいかがですかッて見て来ておくれや」
 姑の言付で、豊世は部屋を出た。平素《ふだん》から厳格な姑のような人に、そんなトボケた真似《まね》が出来るであろうか、こう思うと、豊世はハラハラした。
 二階の広間には種々《いろいろ》な浴客が集って来た。その日はこの温泉宿に逗留《とうりゅう》しているものばかりでなく、他《よそ》からも退屈顔な男女が呼ばれて来て、一切無礼講で遊ぶことに成った。板前から女中まで仲間入を許された。
 賑《にぎや》かな笑声が起った。隠し芸が始まったのである。若い娘や女中達は楽しそうに私語《ささや》き合ったり、互に身体を持たせ掛けたりして眺めた。こういう時に見せなければ見せる時は無いと思うかして、芸自慢の人達は我勝にと飛出した。中には、喝采《かっさい》に夢中に成って、逆上《のぼせ》たような人も有った。
 この光景《ありさま》を見て来て、廊下伝いに豊世は部屋の方へ戻ろうとした。林の細君に逢った。
 豊世は気が気で無いという風に、「奥さん――母親さん達は大丈夫なんでしょうかねえ。何だか私は心配で仕様が有りません」
「私共の祖母さんが太夫さんなんですトサ」と林の細君は肥満した身体を動《ゆす》りながら笑った。
「母親さんもネ、家の方のことを心配なさり過ぎて、それであんなに気が昂《た》ったんじゃないかと思いますよ――母親さんには無い事ですもの……」
「でも、橋本
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