の靴を鳴らして、風の寒いプラットフォムの上を歩いてみた。
下りの汽車が来た。少壮《としわか》な官吏と、少壮な記者とは、三吉に別れを告げて、乗客も少ない二等室の戸を開けて入った。
「この寒いのに、わざわざ難有う」
と西は窓から顔を出して言った。車掌は高く右の手を差揚げた。列車は動き初めた。長いこと三吉はそこに佇立《たたず》んでいた。
黄ばんだ日が映《あた》って来た。収穫《とりいれ》を急がせるような小春の光は、植木屋の屋根、機械場の白壁をかすめ、激しい霜の為に枯々に成った桑畠《くわばたけ》の間を通して、三吉の家の土壁を照した。家毎に大根を洗い、それを壁に掛けて乾すべき時が来た。毎年山家での習慣とは言いながら、こうして野菜を貯えたり漬物の用意をしたりする頃に成ると、復た長い冬籠《ふゆごもり》の近づいたことを思わせる。
隣の叔母さんは裏庭にある大きな柿の樹の下へ莚《むしろ》を敷いて、ネンネコ半天を着た老婆《おばあ》さんと一緒に大根を乾す用意をしていた。未だ洗わずにある大根は山のように積重ねてあった。この勤勉な、労苦を労苦とも思わないような人達に励まされて、お雪も手拭《てぬぐい》を冠り、ウワッパリに細紐《ほそひも》を巻付けて、下婢《おんな》を助けながら働いた。時々隣の叔母さんは粗末な垣根のところへやって来て、お雪に声を掛けたり、お歯黒の光る口元に微笑《えみ》を見せたりした。下婢は酷《ひど》い荒れ性で、皸《ひび》の切れた手を冷たい水の中へ突込んで、土のついた大根を洗った。
「地大根」と称えるは、堅く、短く、蕪《かぶ》を見るようで、荒寥《こうりょう》とした土地でなければ産しないような野菜である。お雪はそれを白い「練馬《ねりま》」に交ぜて買った。土地慣れない彼女が、しかも身重していて、この大根を乾すまでにするには大分骨が折れた。三吉も見かねて、その間、子供を預った。
日に日に発育して行くお房は、最早親の言うなりに成っている人形では無かった。傍に置いて、三吉が何か為《し》ようとすると、お房は掛物を引張る、写真|挾《ばさみ》を裂く、障子に穴を開ける、終《しまい》には玩具《おもちゃ》にも飽いて、柿の食いかけを机になすりつけ、その上に這上《はいあが》って高い高いなどをした。すこしでも相手に成っていなければ、お房が愚図々々言出すので、三吉も弱り果てて、鏡や櫛箱《くしばこ》の置い
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