木《き》の下《した》に落《お》ちて居《ゐ》たのを皆《みん》な他《ほか》の子供《こども》に拾《ひろ》はれてしまひました。父《とう》さんがこの話《はなし》を爺《ぢい》やにしましたら、爺《ぢい》やがさう申《まを》しました。
『一度《いちど》はあんまり早過《はやす》ぎたし、一度《いちど》はあんまり遲過《おそす》[#ルビの「おそす」は底本では「はやす」]ぎました。丁度好《ちやうどい》い時《とき》を知《し》らなければ、好《い》い榎木《えのき》の實《み》は拾《ひろ》はれません。私《わたし》がその丁度好《ちやうどい》い時《とき》を教《をし》へてあげます。』と申《まを》しました。
ある朝《あさ》、爺《ぢい》やが父《とう》さんに『さあ早《はや》く拾《ひろ》ひにお出《いで》なさい、丁度好《ちやうどい》い時《とき》が來《き》ました。』と教《をし》へました。その朝《あさ》は風《かぜ》が吹《ふ》いて、榎木《えのき》の枝《えだ》が搖《ゆ》れるやうな日《ひ》でした。父《とう》さんが急《いそ》いで木《き》の下《した》へ行《ゆ》きますと、橿鳥《かしどり》が高《たか》い木《き》の上《うへ》からそれを見《み》て居《ゐ》まして、
『丁度好《ちやうどい》い。丁度好《ちやうどい》い。』と鳴《な》きました。
榎木《えのき》の下《した》には、紅《あか》い小《ちひ》さな球《たま》のやうな實《み》が、そこにも、こゝにも、一ぱい落《お》ちこぼれて居《ゐ》ました。父《とう》さんは木《き》の周圍《まはり》を廻《まは》つて、拾《ひろ》つても、拾《ひろ》つても、拾《ひろ》ひきれないほど、それを集《あつ》めて樂《たのし》みました。
橿鳥《かしどり》は首《くび》を傾《かし》げて、このありさまを見《み》て居《ゐ》ましたが、
『なんとこの榎木《えのき》の下《した》には好《い》い實《み》が落《お》ちて居《ゐ》ませう。澤山《たくさん》お拾《ひろ》ひなさい。序《ついで》に、私《わたし》も一《ひと》つ御褒美《ごはうび》を出《だ》しますよ。それも拾《ひろ》つて行《い》つて下《くだ》さい。』と言《い》ひながら青《あを》い斑《ぶち》の入《はい》つた小《ちい》さな羽《はね》を高《たか》い枝《えだ》の上《うへ》から落《おと》してよこしました。
父《とう》さんは榎木《えのき》の實《み》ばかりでなく、橿鳥《かしどり》の美《うつく》しい羽《はね》を拾《ひろ》ひ
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