木曾《きそ》の山《やま》の中《なか》が父《とう》さんの生《うま》れたところなんですから。
人《ひと》はいくつに成《な》つても子供《こども》の時分《じぶん》に食《た》べた物《もの》の味《あぢ》を忘《わす》れないやうに、自分《じぶん》の生《うま》れた土地《とち》のことを忘《わす》れないものでね。假令《たとへ》その土地《とち》が、どんな山《やま》の中《なか》でありましても、そこで今度《こんど》、父《とう》さんは自分《じぶん》の幼少《ちひさ》い時分《じぶん》のことや、その子供《こども》の時分《じぶん》に遊《あそ》び廻《まは》つた山《やま》や林《はやし》のお話《はなし》を一|册《さつ》の小《ちひ》さな本《ほん》に[#「に」は底本では「こ」]作《つく》らうと思《おも》ひ立《た》ちました。あの『幼《をさな》きものに』と同《おな》じやうに、今度《こんど》の本《ほん》も太郎《たらう》や次郎《じらう》などに話《はな》し聞《き》かせるつもりで書《か》きました。それがこの『ふるさと』です。
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一 雀《すずめ》のおやど
みんなお出《いで》。お話《はなし》しませう。先《ま》づ雀《すずめ》のおやどから始《はじ》めませう。
雀《すずめ》、雀《すずめ》、おやどはどこだ。
雀《すずめ》のお家《うち》は林《はやし》の奧《おく》の竹《たけ》やぶにありました。この雀《すずめ》には父《とう》さまも母《かあ》さまもありました。樂《たの》しいお家《うち》の前《まへ》は竹《たけ》ばかりで、青《あを》いまつすぐな竹《たけ》が澤山《たくさん》に竝《なら》んで生《は》えて居《ゐ》ました。雀《すずめ》は毎日《まいにち》のやうに竹《たけ》やぶに出《で》て遊《あそ》びましたが、その竹《たけ》の間《あひだ》から見《み》ると、樂《たの》しいお家《うち》がよけいに樂《たの》しく見《み》えました。
そのうちに、雀《すずめ》の好《す》きなお家《うち》の前《まへ》には竹《たけ》の子《こ》が生《は》えて來《き》ました。母《かあ》さまのお洗濯《せんたく》する方《はう》へ行《い》つて見《み》ますと、そこにも竹《たけ》の子《こ》が出《で》て來《き》てゐました。
『あそこにも竹《たけ》の子《こ》。ここにも竹《たけ》の子《こ》。』
と雀《すずめ》はチユウチユウ鳴《な》きながら、竹《たけ》の子《こ》のまはりを悦《よろこ》んで踊《
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