》ばかりでは、魚《さかな》は釣《つ》れませんよ。』
と爺《ぢい》やに笑《わら》はれました。
三九 祖母《おばあ》さんの鍵《かぎ》
お前達《まへたち》の祖母《おばあ》さんのことは、前《まへ》にもすこしお話《はなし》[#ルビの「はなし」は底本では「はなた」]したと思《おも》ひます。祖母《おばあ》さんは、父《とう》さんが子供《こども》の時分《じぶん》の着物《きもの》や帶《おび》まで自分《じぶん》で織《お》つたばかりでなく、食《た》べるもの――お味噌《みそ》からお醤油《しやうゆ》の類《たぐひ》までお家《うち》で造《つく》り祖母《おばあ》さんが自分《じぶん》の髮《かみ》につける油《あぶら》まで庭《には》の椿《つばき》の實《み》から絞《しぼ》りまして、物《もの》を手造《てづく》りにすることの樂《たのし》みを父《とう》さんに教《をし》へて呉《く》れました。『質素《しつそ》』を愛《あい》するといふことを、いろ/\な事《こと》で父《とう》さんに教《をし》へて見《み》せて呉《く》れたのも祖母《おばあ》さんでした。祖母《おばあ》さんはよく※[#「熱」の左上が「幸」、145−2]《あつ》い鹽《しほ》のおむすびを庭《には》の朴《はう》の木《き》の葉《は》につゝみまして、父《とう》さんに呉《く》れました。握《にぎ》りたてのおむすびが彼樣《あう》すると手《て》にくツつきませんし、その朴《はう》の葉《は》の香氣《にほひ》を嗅《か》ぎながらおむすびを食《た》べるのは樂《たのし》みでした。
この祖母《おばあ》さんと言《い》へば、廣《ひろ》い玄關《げんくわん》の側《わき》の板《いた》の間《ま》で機《はた》を織《お》りながら腰掛《こしか》けて居《ゐ》る人《ひと》と、味噌藏《みそぐら》の側《わき》の土藏《どざう》の前《まへ》に立《た》つて大《おほ》きな鍵《かぎ》を手《て》にして居《ゐ》る人《ひと》とが、今《いま》でもすぐに父《とう》さんの眼《め》に浮《うか》んで來《き》ます。祖母《おばあ》さんの鍵《かぎ》は金網《かなあみ》の張《は》つてある重《おも》い藏《くら》の戸《と》を開《あ》ける鍵《かぎ》で、紐《ひも》と板片《いたきれ》をつけた鍵《かぎ》で、いろ/\な箱《はこ》に入《はひ》つた器物《うつは》を藏《くら》から取出《とりだ》す鍵《かぎ》でした。祖母《おばあ》さんがおよめに來《き》た時《とき》の古
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