いのを嬉しく思うという風で、婆やと三吉の顔を見比べて置いて、それから好きな煙草《たばこ》を引きよせていた。
その朝から三吉はおげんの側で楽しい暑中休暇を送ろうとして朝飯でも済むと復《ま》た直ぐ屋外《そと》へ飛び出して行ったが、この小さな甥の子供心に言ったことはおげんの身に徹《こた》えた。彼女は家の方に居た時分、妙に家の人達から警戒されて、刃物という刃物は鋏《はさみ》から剃刀《かみそり》まで隠されたと気づいたことがよくある。年をとったおげんがつくづくこの世の冷たさを思い知ったのは、そういう時だった。その度に彼女は悲しさや腹立しさが胸一ぱいに込み上げて来て、わざわざ養子夫婦のいやがるように仕向けて見たこともある。時には白いハンケチで鼠《ねずみ》を造って、それを自分の頭の上に載せて、番頭から小僧まで集まった仕事場を驚かしたこともある。あんなことをして皆を笑わせた滑稽《こっけい》が、まだまだ自分の気の確かな証拠として役に立ったのか、「面白いおばあさんだ」として皆に迎えられたのか、そこまではおげんも言うことが出来なかった。とにかく、この蜂谷の医院へ着いたばかりに桑畠を焼くような失策があって、三
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