いよ。お前は直次と二人で心配してくれ。頼むに。月に三四十円もあったら俺は暮らせると思う」
「そんなことで姉さんが遣《や》って行けましょうか。姉さんはくら有っても足りないような人じゃないんですか」
「莫迦《ばか》こけ。お前までそんなことを言う。なんでもお前達は、俺が無暗とお金を使いからかすようなことを言う。俺に小さな家でも持たして御覧。いくら要らすか」
「どっちにしても、あなたのところの養子にも心配させるが好うござんすサ」
「お前はそんな暢気《のんき》なことを言うが、旦那が亡くなった時に俺はそう思った――俺はもう小山家に縁故の切れたものだと思った――」
 おげんは弟の仕事部屋に来て、一緒にこんな話をしたが、直次の家の方へ帰って行く頃は妙に心細かった。今度の上京を機会に、もっと東京で養生して、その上で前途の方針を考えることにしたら。そういう弟の意見には従いかねていた。熊吉は帰朝早々のいそがしさの中で、姉のために適当な医院を問合せていると言ったが、自分はそんな病人ではないとおげんは思った。彼女は年と共に口ざみしかったので、熊吉からねだった小遣《こづかい》で菓子を仕入れて、その袋を携えながら小
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