持たざれば、
闇のうきよにちなみもあらず。
○みにくしと笑ひたまへど、
いたましとあはれみたまへど、
われは形《かたち》のあるじにて、
形《かたち》はわれのまらうどなれ。
○かりのこの世のかりものと、
かたちもすがたも捨てぬとは、
知らずやあはれ、浮世人《うきよびと》、
なさけあらばそこを立去りね。
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○こはめづらしきものごひよ、
唖にはあらでものしりの、
乞食《こつじき》のすがたして來たりけり。
いな乞食《こつじき》の物知顏ぞあはれなる。
○誰れかれと言ひあはしつ、
物をもたらし、つどひしに、
物は乞はずに立去れと、
言ふ顏《つら》にくしものしりこじき。
○里もなく家もなき身にありながら、
里もあり家もある身をのゝしるは、
をこなる心のしれものぞ、
乞食《こつじき》のものしりあはれなり。
○世にも人にもすてられはてし、
恥らふべき身を知るや知らずや、
浮世人とそしらるゝわれらは、
汝《いまし》が友ならず、いざ行かなむ。
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○里の兒等のさてもうるさや、
よしなきことにあたら一夜《ひとや》の、
月のこゝろに背きけり、
うち見る空のうつくしさよ。
○いざ立ちあがり、かなたなる、
小山《こやま》の上の草原《くさはら》に、
こよひの宿をかりむしろ、
たのしく月と眠らなむ。
○立たんとすれば、あしはなえたり、
いかにすべけむ、ふしはゆるめり、
そこを流るゝ清水《しみづ》さへ、
今はこの身のものならず。
○かの山までと思ひしも、
またあやまれる願ひなり。
西へ西へと行く月も、
山の端《は》ちかくなりにけり。
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○むかしの夢に往來《ゆきゝ》せし、
榮華の里のまぼろしに、
このすがたかたちを寫しなば、
このわれもさぞ哄笑《わら》ひつらむ。
○いまの心の鏡のうちに、
むかしの榮華のうつるとき、
そのすがたかたちのみにくきを、
われは笑ひてあはれむなり。
○むかしを拙なしと言ふも晩《おそ》し、
今をおこぞと言ふもむやくし。
夢も鏡も天《あめ》も地《つち》も、
いまのわが身をいかにせむ。
○物乞ふこともう
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