を得む。暗冥《あんめい》なる「死」の淵に、相《あひ》及び相襲《あひつ》ぎて沈淪するもの、果して之れ人間の運命なるか。舌能く幾年の久しきに弁ぜん。手能く幾年の長きに支へん。弁ずるところ何物ぞ。支ふるところ何物ぞ。わが筆も亦た何物ぞ。言ふ勿《なか》れ、蓊欝《をううつ》たる森林、幾百年に亘りて巨鷲を宿らすと。言ふ勿れ、豊公の武威、幾百世を蓋ふと。嗟《あゝ》何物か終《つひ》に尽きざらむ。何物か終に滅せざらむ。寤《さ》めざるもの誰ぞ、悟らざるもの誰ぞ。損喪《そんさう》せざるもの竟《つひ》に何処《いづこ》にか求めむ。
寤《ご》果して寤か、寐《び》果して寐か、我是を疑ふ。深山《しんざん》夜に入りて籟あり、人間昼に於て声なき事多し。寤《さ》むる時人真に寤めず、寐る時往々にして至楽の境にあり。身躰四肢必らずしも人間の運作を示すにあらず、別に人間大に施為《せゐ》するところあり。ひそかに思ふ、終に寤《さめ》ざるもの真の寤《ご》か。終に寐せざるもの真の寐か。此境に達するは人間の容易《たや》すく企つる能はざるところなり。
愛すべきものは夫《そ》れ故郷なるか、故郷には名状すべからざるチヤームの存するあり。風流雅客を嘲《あざけ》るもの、邦家を知らざるの故を以て彼等を貶《へん》せんとする事多し。故郷は之れ邦家なり、多情多思の人の尤も邦家を愛するは何人か之を疑はむ。孤剣|提《ひつさ》げ来りて以太利《イタリー》の義軍に投じ、一命を悪疫に委《ゐ》したるバイロン、我れ之を愛す。」請ふ見よ、羅馬《ローマ》死して羅馬の遺骨を幾千万載に伝へ、死して猶《な》ほ死せざる詩祖ホーマーを。」邦家の事|曷《いづく》んぞ長舌弁士のみ能く知るところならんや、別に満腔の悲慨を涵《たゝ》へて、生死悟明の淵に一生を憂ふるものなからずとせんや。
俗物の尤も喜ぶところは憂国家の称号なり。而して自称憂国家の作するところ多くは自儘《じまゝ》なり。彼等は僻見多し、彼等は頑曲《ぐわんきよく》多し。彼等は復讐心を以て事を成す。彼等は盲目の執着を以て業を急《いそ》ぐ。彼等は夢幻中の虚想を以て唯一の理想となす。彼等の慷慨、彼等の憂国、多くは彼等の自ら期せざる渦流に巻き去られて終ることあるものぞ。
朽ちざるものいづくにある、死せざるものいづくにある。われ答を俟《ま》ちて躊躇《ちうちよ》せり、而して答遂に来らず。朽ちざるに近きものいづくにかある
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