》すのみなる事《こと》を示《しめ》し、實際家《じつさいか》を卑《いや》しむの念《ねん》をあらはし、「でなくば生命《いのち》を捨《す》てんのみ。運命《うんめい》に服從《ふくじゆう》し、百事《ひやくじ》を放擲《はうてき》し」、云々《しか/″\》の語《ご》を發《はつ》せしむるに至《いた》る。
「必然《ひつぜん》の惡《あく》」を解釋《かいしやく》して遊歩塲《いうほぢやう》の一少女《いつせうぢよ》を點出《てんしゆつ》しかの癖漢《へきかん》の正義《せいぎ》を狂欲《きやうよく》する情《じやう》を描《えが》き、或《あるひ》は故郷《こきやう》にありしときの温《あたゝ》かき夢《ゆめ》を見《み》せしめ、又《ま》た生活《せいくわつ》の苦戰塲《くせんぢやう》に入《い》りて朋友《はうゆう》に一身《いつしん》を談《だん》ずる處《ところ》あり。第六囘《だいろくくわい》に至《いた》りて始《はじ》めて、殺人《さつじん》の大罪《だいざい》なるか否《いな》かの疑問《ぎもん》を飮食店《いんしよくてん》の談柄《だんぺい》より引起《ひきおこ》し、遂《つい》に一刹那《いつせつな》を浮《うか》び出《いだ》さしめて、この大學生《だいがくせい》何《なん》の仇《あだ》もなき高利貸《こうりかし》を虐殺《ぎやくさつ》するに至《いた》る。第《だい》七|囘《くわい》は其《その》綿密《めんみつ》なる記事《きじ》なり。讀去《よみさ》り讀來《よみきた》つて纖細妙微《せんさいみようび》なる筆力《ひつりよく》まさしくマクベスを融解《ゆうかい》したるスープの價《あたひ》はあるべし。是《これ》にて罪《つみ》は成立《せいりつ》し、第《だい》八|囘《くわい》以後《いご》はその罪《つみ》によりていかなる「罰《ばつ》」精神的《せいしんてき》の罰《ばつ》心中《しんちう》の鬼《おに》を穿《うが》ち出《い》でゝ益《ます/\》精《せい》に益《ます/\》妙《めう》なり。余《よ》は多言《たげん》するを好《この》まず。嘗《か》つてユーゴのミゼレハル、銀器《ぎんき》を盜《ぬす》む一條《いちでう》を讀《よ》みし時《とき》に其《その》精緻《せいち》に驚《おどろ》きし事《こと》ありしが、この書《しよ》載《の》するところ恐《おそ》らく彼《か》の倫《りん》にあらざるべし。余《よ》は不知庵《フチアン》がこの書《しよ》を我《わが》文界《ぶんかい》に紹介《せうかい》したる勇氣《ゆうき》をこよなく喜《よろこ》ぶものなり。第《だい》二|卷《かん》の速《すみやか》に出《い》でんことを待《ま》つ。
[#地から1字上げ](明治二十五年十二月十七日「女學雜誌」甲の卷、第三三四號)
底本:「明治文學全集 29 北村透谷集」筑摩書房
1976(昭和51)年10月30日初版第1刷発行
初出:「女學雜誌 三三四號」女學雜誌社
1892(明治25)年12月17日
入力:石波峻一
校正:小林繁雄
2005年9月10日作成
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