られない。六時から晩の五時迄、弓のつる[#「つる」に傍点]みたいに心を張つてゐなけアならない。俺が來てから、仲間の若い男が二人も、機械の中にペロ/\とのまれ[#「のまれ」に傍点]てしまつた。ローラーから出てきた人間はまるで大幅の雜巾のやうなヒキ肉になつて出てきた。
一人の方の嬶が、それから淫賣をやつて子供を育てゝゐるといふ評判をきいた。
工場が、大きな機械の※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]る音で、グアン/\してゐる。始めの一週間位は、家に歸つても、頭も、耳も工場にゐるときと同じやうに、グアン/\して、新聞一枚も讀めなくなつてしまつた。俺は、このまゝ馬鹿になつて行くのかと思つた。
夜五時になつて(今では眞暗だ)汽笛が鳴る、さうすると人を喰ふ機械から歸つてもいゝといふことになる、身體も心も、急にガツたりする。歸るのが、イヤ[#「イヤ」に傍点]になるほど疲れてゐる。其處へそのまゝ坐つてしまひたい位だ。俺はかう思つた――百姓は、かういふ工場で働いてゐるもの等より、もつと低い、馬鹿らしい、慘めな生活をしてゐても、あの野ツ原で働くのが、どんなに過勞だと云つたつて、空氣がいゝ、まるで澄んだ水のやうに綺麗な空氣だ。空氣のなかには毛一本程のゴミも交つてゐない。働きながら、歌もうたへる。晝には、畑の眞中に、仰向けになつて、空を見ながら、ぼんやりしてゐたり、晝寢も出來る。ところが、どうだ、こゝは! 俺はこの工場の中を、君に知らせたいのだ、然し、どう知らせていゝのか俺には一寸出來ない。まるで、それに比らべたら、場末のグヂヨ/\した大きな「塵《ゴミ》箱の中で」働いてゐると云つてもいゝ。工場の中は、暗くて、臭くて、ゴミがとんで、ムツとして、ごう/\として、……お話にならない。仕事が終つて出てくるものは、眞黒い顏をして、眼だけを光らして酒に醉拂つた人のやうに、フラ/\してゐる。
こゝに働いてゐる人達は、百姓のやうに、貧乏はしてゐても、何處かがつしり[#「がつしり」に傍点]したところがなくて、青白くて、病身らしくて、いつでもセキ[#「セキ」に傍点]をしてゐる。俺は、そのことを考へて、暗い氣持になつてゐる。石狩川の大平原にゐた方が、と、きまりきつた愚痴が、此頃出かゝつてゐる。本當のところ、其處の生活も亦いゝものではないが。
俺は、村にゐたときから、君とちがつて、どうしても落付いて
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