キセルの吸殼を厚い掌にうけて、獨りで、何かむつちり考へこんでゐる年とつた百姓もゐた。五、六人を前に置いて、何か聲高に、手を振りながら、ものを云つてゐるのもゐた。
 しばらくすると、百姓の集會らしい、變な人いきれの臭氣でムンとした。
 片隅で、誰か五、六人のものが拍手をした。それにつれて、集つたものも、拍手をした。が、ぼんやりして、だまつて拍手をするのを見てゐたのもあつた。拍手が終ると、二十五、六のがつしりした身體の、眉の濃い、バリ/\した短い頬ヒゲをもつた石山といふ百姓が教壇に上つた。校長先生の親類だつた。
「皆に代つて、一通りのことをお話しします。」さう前置きをして石山は、百姓にはめづらしいはつきりした、分つた云ひ振りで(勿論、百姓などが殊更に改まつたときによくある、變な漢語も使つたが)――自分達は、犬や豚などより、もつと慘めな生活をしてゐること、――ところが自分達は何時か仕事をなまけた事でもあつたか。――では、何故か。自分達がいくら働いても働いても、とても何んの足しにもならない程貧窮してゐるのは、實に、地主のためであるといふことを分り易く、説明し、今度のやうな場合地主に小作料を收めることは「自分達の死」を意味してゐる、ナホ我々百姓は、高利貸の不當な利息、拓殖銀行の年賦にも、苦しめられ、それに税金がかゝつてくる。そして出來上つたものは、肥料や農具にも引合はない。かうまで、自分達がなつてゐるのに、だまつてゐられるか。そこで、我々は、皆んなにお集りを願ひ、その方策をきめることにしたいのだ、と結んで壇を下りた。百姓達は、聞き慣れない言葉が出る度に、石山の方を見て、考へこむ風をした。が、苦しい生活の事實を石山に云はれ、百姓は、「今更のやうに」、自分達自身の慘めさを、顏の眞ん前にとり出されて、見せられ[#「せられ」に傍点]た氣がしたと思つた。石山が壇から下りると、急にガヤ/\し出した。今石山の云つた事について、あつちでも、こつちでも話し合つた。一番前にゐた年寄つた百姓が、「とんでもなえ、おつかねえこと云ふもんだ。」とブツ/\云つたのを石山はおりる時に聞いた。
 石山が下りると、すぐもう一人が壇に上つた。まだ二十一、二のヒヨロ/\した感じのする、頭の前だけを一寸のばした男だつた。が、案外力のこもつた聲で、グン/\、簡單に、もの[#「もの」に傍点]を云つて行つた。大體に於いて、
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