。そつちが今吹雪いてゐるらしく、眞黒になつてゐた。風は時々ピユ/\と音をさして吹いた。その度に、雪が煙のやうに吹き上り、渦を卷きながら、遠くから吹きよせてきた。その渦卷がグル/\一所で渦卷いてゐたり、素晴らしい早さで移つて行つたり、急に方向を變へたりした。家の角の邊に大きな吹き溜りが出來てゐた。
寒氣がひどくなると、家の中などは夜中に、だまつてゐてもカリ、カリ、カリと、何かものの割れるやうな音がした。年寄つた百姓はテキ面にこたへて、腰がやんだり、肩が痛んだりして、動けなくなつた。
家の中にとぢこめられて、食ひ物のなくなつた百姓が停車場のある町に、買ひ物にゆく、馬の鈴が聞えた。その、リン/\とした鈴がそのまゝで凍えてゐるやうな空氣に、ひゞき返つて、しばらく、――餘程遠くへ行くまで聞えてゐた。そしてその馬橇が雪の、茫漠とした野原を、曲りくねつて、一散にかけて行くのが見えた。
雪が降り出してから、十日も經つと、百姓達は、ソロ/\この冬を、どうして過ごしてゆくかといふことを考へ出してきた。百姓達は雪を見ると、急に思ひつきでもしたやうだつた。食物がなくなつても、地主へ收めるものには手をつけることは出來ず、町へ仕入れにゆくにも金がなくなつてきた。百姓が顏を合はせると、ボツリ/\自分達の生活を話して、何んとかしなければと云つた。皆が苦しんでゐた。それで何時の間にか、そのことがずうと廣まつて行つた。
川向ひの村に用事を足して歸つてきた勝の父親が、源吉に會つたとき、川向ひでも、色々そんな話が出てゐると云つた。石狩川が凍つたので、自由に向ひ側に行けるやうになつた。授業料ををさめることが出來なくなつて、小學校へ行く生徒が急に減つた。金をかけて、一日中遊ばせて置かれるか、と云つた。
子供などはどこの子供も元氣のないきよとん[#「きよとん」に傍点]とした顏をして、爐邊にぺつたり坐つてゐた。赤子は腹だけが、砂を一杯つめた袋のやうにつツ張つて、ヒイ/\泣いてばかりゐた。何も知らない赤子でさへ、いつも眉のあたりに皺を作つてゐた。頭だけが妙に大きくなつて、首に力なく、身體の置き方で、その方へ首をクラツと落したきり、直せなかつた。冬がくる前に、軒につるしておいた菜葉だけを、白湯のやうな味噌汁にして、三日も、四日も、五日も――朝、晝、晩續け樣に食つた。それに南瓜と馬鈴薯だつた。米は一日に一囘位
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