。人聲の中から時々、頓狂に、ゴム風船の破れる音や、笛の音が聞えた。途中の、農家の前に、その家の年寄が立つて、お祭りの方を見てゐた。
「お晩です。」と、源吉にくらがりで言葉をかけた。
「お晩です。」源吉も云つた。
「出掛けるのげア?」
「あ――。」
源吉が行き過ぎかけると、「ごゆつくり。」と云つた。
お祭りの舞臺には、十位もランプをつけてゐた。その前にはござ[#「ござ」に傍点]を引いて、村の人達がそこに坐つて見てゐた。主に若い女や子供や年寄だつた。その邊は殆んど暗かつた。その後の道の兩側には、ランプをつけた屋臺のゴム風船屋などが、四つ程ならんでゐた。絶えず、足で機械をふんでゐる、綿飴屋が、割箸に、それをからませて、子供の前につき出して、何か云つてゐた。
子供達が一つの屋臺の前に、二、三人づゝ立つてゐた。神社の後では、小さい土俵があつて、若者が相撲をとつてゐた。源吉は何處にも興味がなかつた。帶の前に兩手をさしながら、離れて、見てゐた。舞臺では手踊りだつた。足拍子をとる毎に、板がギシ/\云つた。たゞ手と足をどたん、ばたん、動かしてゐるといふ風に踊つてゐた。が、離れてゐるので、顏や着物のアラ[#「アラ」に傍点]も見えず、澤山のランプの光で踊つてゐるのが、源吉には綺麗に見えた。所々で、踊つてゐる女が、「ハツ、――ハツ」と云つたり、聲を合せて、「そいつウーは、知らなかつた――ア」と唄を入れた。
源吉は胸が、ヂリ/\してきた。一寸見てゐるうちに、馬鹿らしくなつた。彼は風船屋の後側を通つて、神社の裏にある土俵の方へ行かうとした。相撲の太鼓が聞えてゐた。がそこへ行く途中、然し源吉は氣が變つて、もどると、神社の外へ出てしまつた。源吉が一寸來たとき、小便をしようと思つて、道端の草原の方へ寄つて行つた。と、すぐ眼の前で(然し、暗かつたので分らなかつた。)女が腰をかゞめ、一寸着物のすそをせり上げて――、用を足し終つたところだつた。源吉は外のことに氣をとられてゐた。そこを不意にやられた。二人は立ちすくんだやうに、ギヨツとした、彼は突嗟に變な衝動を感じた。自分でも、どうしてか分らなかつた。彼は、素早く手を延ばした。と、逃げ腰になつた女の帶に手がかゝつた。源吉は咽喉が急にグツとつまつた。女は、聲をたてずに、闇の中でさからつた。が、力がちがつてゐた。すぐ女は源吉の胸のそばに寄せられた。女は帶
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