けて行つて、獨りで、とてつ[#「とてつ」に傍点]もない大きなことを仕出かした。歸つてきて、しかも、そのまゝ、そのことは一《ひと》ツ言も云はずに、むつしり[#「むつしり」に傍点]してゐた――かういふことがいくらもあつた。ウスのろ[#「ウスのろ」に傍点]だから、さうではなくて、何か、深い、しつかりしたのがあるので、さうなのだと、勝には思はれた。
今、勝は、だから若し、源吉が役人と、ひよつこり會つたとしたら、勝はすぐ昔金持の脛にかぶりついた源吉であることを考へ、源吉が、あの棍棒で、てつきり、やらかすとしか思はれなかつた。それがまるで、「恐怖」のさそり[#「さそり」に傍点]みたいに勝の心にかぶりついてしまつた。
二人はだまつて歩いた。ぬかる道を歩く足音だけがピチヤ/\/\と續いた。それが時々、くぼみ[#「くぼみ」に傍点]に足を落して、身體を前のめり[#「前のめり」に傍点]にのめらせたとき、亂れるだけだつた。さうしながら、勝は(勿論源吉も)前の方に氣を張つてゐた。勝が自分の家に來たとき、身體から急に力が拔けて、ヘナ/\になる程、氣を使つてゐたことを知つた。「助かつた[#「助かつた」に傍点]」と思つた。
「一年振りだべ。ほら、お母ば喜ばせてやれよ。」
源吉はさう云ふと、もう勝には見えなかつた。足音だけが暗闇でし、それが、一寸聞えてゐたが、ぽつちり消えてしまつた。草原のある路を曲つたらしかつた。
それから、勝が裏口にまはつた。裏口のすぐ側にある納屋に、自分の荷物をおろしてゐると、誰かぬかる道を歩いてくる足音をきいた。勝は、自分の身體が丸太棒のやうに、瞬間、なつたのを感じた。
「勝。」――源吉だつた。
勝は、分つても、然し、すぐに口に言葉が出なかつた。「――源吉――か。」
「うん」さう云ふと、のそり[#「のそり」に傍点]と大きな身體が、源吉――か、と云つた言葉をたぐつて、寄つてきた。
「あのなア、朝になつたら、お前え、こつから川岸の家まで、一匹づゝ配るんだど。さうせ。誰も食はねえでるんだから。――買つて來たツて云へば、それでえゝ。俺の方は石田の方まで分けるよ。當り前の事だんだ! なあ。」
「うん。」
「分つたべ、んだら、行《え》ぐど。」
そして歸つて行つた。
勝には、何か、かう力強い、一つ/\どつしりした足音であるやうに思はれ、源吉のもどつて行くのを、じつと聞いてゐた
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