こゝさあげておくさ。朝になつたら、モーター通るべよ、そのどき引張つて行つてくれるだ。網なんて、俺しよつてえくべ。」
「冗談でない。水さ入つたら、とつても重くて。」
「何、こつたらもの[#「もの」に傍点]!」
         *
 二人は、畑道に出た、源吉はこんなに澤山とれるとは思つてもゐなかつただけ、子供のやうに上機嫌でゐた。が、勝はビク/\してゐた。この歸り道で、もし、出合頭に役人に會はないか、そのことで、勝の心は、後首でもひつつかまれてゐるやうだつた。何處もまだ/\暗かつた。だしぬけに牛が、すぐ側の眞闇から起つたとき、勝は、聲を出すところだつた。
 前から提灯が見えた。
「源、提灯。」勝は後から源吉に言葉をかけた。
「うん。」源吉は、すぐ道を外れて、畑の中に入つて行つた。十間程道から離れると、立ち止つた。二人はさうやつて提灯を行き過ごさした。じつと見てゐると、何處を見たつて一樣に眞暗な、ところが、提灯の動いてくる、火のとゞく一部分だけが見えた。草藪がちらつと光つたと思ふと、すぐ、道の兩側の畑の一部が見えたり、道の水たまりが見えたり、提灯がゆれると、その見える處が左に或ひは右に廣くなつたり、狹くなつたりした。
 行き過ぎると、二人は又道に出た。
「役人なんて、提灯ばつけてくるけア。」と源吉が笑つた。
「んだら、なほおつかねべよ。鼻先さぶつつかるまで、分らねえでないか。」
「んだら、こら。」さう云つて、身體を半分後にねぢ曲げて、勝の鼻先に、さつきの棍棒をつき出した。「これよ。」
 勝は、その棍棒から血なまぐさい臭ひがその時來たのを感じた、と同時に、ギヨツとした。
「馬鹿な!」勝は自分でもをかしいほどどもつて云つた。
「この村で、これで三ヶ月も一疋の魚ば喰つたことねえんだど。こつたら話つてあるか。後《うら》さ行つて、川ば見てれば、秋味の野郎、背中ば出して、泳いでるのに、三ヶ月も魚ば喰はねえつてあるか。糞ツたれ。そつたら分らねえ話あるか。それもよ、見ろ、下さ行けば、漁場の金持の野郎ども、たんまりとりやがるんだ。鑑札もくそ[#「くそ」に傍点]もあるけア。」
 勝はだまつてゐた。
 源吉はさういふ事になると、心の中から、ヂリ/\と苛立つてくる不思議な怒りを感じた。こんな時役人にでも會つたら、彼は、鮭殺しに使つた棍棒をきつと、そいつ[#「そいつ」に傍点]の腦天にたゝきつけた
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