るやうに立つてゐた。
「ハヽヽヽヽヽヽ。」
 それから、「もう一つ歌ふど。」と云つた。

[#ここから2字下げ]
鳥も通はぬう……うーう
(あ、聲が出ない。と云つて、)
花――ア櫻木イ――
人はア――ア武士――か。
[#ここで字下げ終わり]

 源吉は途中で止《よ》すと、勝をうながして、今來た道をもどつた。半町位來て又林の中に入つた。それから、源吉は立ちどまると、
「しばらく、かうやつてるんだ。」と云つて、源吉は耳をすまして、四圍に氣をつけながらじつとしてゐた。二十分も二人はさうしてゐた。
「よし/\、大丈夫。」さう云ふと、「さあ、行《え》くべ。」
 又二人は舟のところまで下りて行つた。そして、「乘るべし。」と云つた。
 源吉は勝をのせると、力を入れた、舟を川の眞ん中に押し出し、うまく、その瞬間ひよいと舟の後に飛びのつた。そのはずみに、舟のへようし[#「へようし」に傍点]が、いきり立つた馬の首のやうに立ち上つた。そして舟がぐら/\ツとゆれた。
「なんだか、糞も分らねよ。」勝は源吉が網の上に身體を下すとさう云つた。
「んか。なんでもねえよ。役人がゐるかと思つてちよいとやつてみたのさ。お前え、初めだから分らねんだ。みんなあやつて、すんだ。」
 さう云つて、「これから、その代り、おとなしくするんだ。」
 勝は身體が顫へてどうにもならなかつた。勝は内心源吉と一緒に來たことを後悔し出してゐた。石狩川には「主」がゐる、と云はれてゐた。舟もろとも、渦卷の中にグル/\卷きこまれる。さういふ感じがしてならなかつた。とにかく、晝、それはきつと馬鹿らしい話か知れないが、今、勝にはそんな事は問題でなかつた。事實、どういふ理由か分らないが、石狩川に入つて死んだ人は、決してその死體が上らなかつた。川は夜の海より氣味が惡かつた。今にも水から、「突如」何か出さうで、――出さうでならなかつた。舟は或ひはとも[#「とも」に傍点]が先きになつたり、めおし[#「めおし」に傍点]が先きになつたりして流されて行つた。舟底で、ペチヤ/\と水が當る音がした。兩側は黒く、高くなつてゐるところは切りとつた斷崖のやうになつてゐた。又、すぐずウと地平線が見える程低いところもあつた。川岸まで林が來てゐて、それが風をうけて、搖れてゐた。その下の水は眞暗になつて、そこを舟が通ると、今まで水のかすかな光の反射で見えてゐたお互の顏
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