作物をつけなかつた。畑が盡きると、丈が膝迄位の草原だつた。そして、それが石狩川の堤に沿つて並んでゐる雜木林に續いてゐた。そこからすぐ、石狩川だつた。幅が廣くて底氣味の惡い程深く、幾つにも折れ曲つて、音もさせずに、水面の流れも見せずに、うね/\と流れてゐた。河の向ふは砂の堤になつてゐて、やつぱり野良が續いてゐた。こつち同樣のチヨコレートのやうな百姓家の頭が、地平線から浮かんでぼつ/\見えた。雄鷄が向ふでトキ[#「トキ」に傍点]をつくると、こつちの鷄が、それに答へて、呼び交はすこともあつた。
 源吉は何か考へこんで、むつしりして歸つてきた。通つてくるどの家も、焚火をしてゐるらしく、窓や入口やかやぶきの屋根のスキ間から煙が出てゐた。が、出た煙が雨のために眞直ぐ空に上れずに、横ひろがりになびいて、野|面《づら》にすれ/″\に廣がつて行つた。家の前を通ると、だしぬけに、牛のなく幅廣い聲がした。野良に放してある牛が口をもぐ/\動かしながら頭をあげて、彼の方を見た。源吉が、自分の家にくると、中がモヤ/\とけむつてゐた。母親が何か怒鳴つてゐるのが表へ聞えた。すると、弟の由がランプのホヤをもつてけむたさに眼をこすりながら、出て來た。眼の※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はりが汚く輪をつくつてゐた。
「えゝ、糞|母《ちゝ》!」惡態をついた。
 源吉はだまつて裏の方へ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて[#「※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて」は底本では「※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]って」]行つた。
 由は裂目が澤山入つて、ボロ/\にこぼれる泥壁に寄りかゝりながら、ランプのホヤを磨きにかゝつた。ホヤの端の方を掌で押へて、ハアーと息を吹きこんで、新聞紙の圓めたのを中に入れてやつて磨いた。それを何度も繰り返した。石油ツ臭い油煙が手についた。由は毎日々々のこのホヤ磨きが嫌で/\たまらなかつた。由がそれを磨きにかゝる迄には、母親のせき[#「せき」に傍点]が何十邊とどならなければならなかつた。それから、由の頬を一度はなぐらなければならなかつた。
「えゝ、糞|母《ちゝ》。」由は、磨きながら、思ひ出して、獨言した。
「由、そつたらどこで、今《えま》迄なにしてるだ!」
「今《えま》いくよオ!」さう返事をした。「えゝ、糞ちゝ、」
 母親はへつつひ[#「へつつひ」
前へ 次へ
全70ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング