行つたら、五、六疋秋味が背中ば見せて下つて行つたツて云つたで。」
「ンか、うめえ/\。」
それからしばらく二人ともだまつて歩いた。勝は、大股な源吉に、急ぎ足で追ひつくやうに歩いてゐた。
急に横で、牛が幅の廣い聲で、ないた。思ひがけないので二人ともギヨツとした。
「畜生、びつくりさせやがる。めんこくもねえ牛《べこ》だ!」
すると、ずウと遠くで、別な牛が答へるやうになくのが聞えた。一軒の家が横手に見えた。其處を通り過ぎるとき、思ひ出したやうに勝が、
「芳のことをきいたか?」と、前に言葉をかけた。勝は、芳が札幌へ行く前の、芳と源吉の關係を知つてゐた。
「うん、」源吉は面白くないことを露骨に出して返事をした。「お文も困りもんだよ。」
「…………」
二人は、そこで頭でも鉢合せしたやうに、言葉を切つた。
「勝、お前餘計なこと、お文に云ふんだべ。」
「俺?」
「うん。お前えも、お文に負けなえからなあ。百姓|嫌《え》やになつたんだべよ。」
勝はまだ何も云はなかつた。
「札幌の街《まち》ば見てから、夢ばツかし見てるべ。」
「こつたらどん百姓が、えゝかげん嫌にならなかつたら阿呆だらう。」
「ふん。――俺んだら阿呆だなあ。」さう云ふと、勝の眼の前をふさいでゐる肩がゆるいで、笑ひ出した。「俺ア百姓ツ子だよ。」
勝は、何んかしら、ギヨツとした。が「自慢にもならない。」さうひくゝ云つた。
「勝、お前え、芳札幌で何してるかおべでるか。」
勝は云ひづらさうに「あんまりいゝ處でないさうだツてよ。」
「淫賣《ごけ》でもしてるべよ。」
雨が殆どやんで、泥濘《ぬかるみ》を歩く二人の足音だけが耳についた。
「……淫賣《ごけ》になんかしたくねえよ。」
源吉は獨言のやうに云つた。後になつてゐる勝にはよつく聞えなかつた。
眞暗な野ツ原の夜道を三十分近くも歩いた。
「こゝから川岸に出るんだ。」
源吉は立ち止つて、本道から小さい横道に入つた。「もう直ぐだよ。」
畑と畑との間の細い道だつた。それで、兩側の雨にぬれてゐる草が歩く度に股引に當つた。そして股引が、すぐ氣持惡くぐぢよ/\になつてしまつた。
「さあ、氣をつけるべ。」源吉はさう云つて、背の網をゆすり上げた。「まさか、こつたら雨の日に役人もゐめえよ。」
「俺――」
「うん?」
「…………」
「何んだ?」源吉は振りかへつた。「うん?」
「つかま
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