えつて――そのくせ、自分であつたらに行きたがつたこと忘れてよ。」
外では、時々豆でもぶツつけるやうに、雨が横なぐりに當る音がした。その度にランプが搖れて、後の障子に大きくうつつてゐる皆の影をゆすつた。――延びたり、ちゞんだりした。
由は飯を食ひ終ると、焚火に、兩足を立てゝ、繪本を見た。小指の先程のチンポコ[#「チンポコ」に傍点]を出したまゝだつた。
「兄、狼見たことあるか。」
「見たことねえ。」
「繪で見たべよ。」
「ん。」
「どつち強い。」
「強え方強えべよ。」
「いや/\、駄目――え。」
源吉は大きな聲を出して笑つた。
樹の根ツこをくべてある爐の火が、節の處に行つたせゐか、パチ/\となつて、火が爐の外へはねとんだ。
一つが由の「朝顏の莟みたいな」チンポコへとんだ。
「熱ツ々々……※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
由は繪本をなげ飛ばすと、後へひつくりかへつて、着物をバタ/\とほろつた。
「ホラ、見ろ、そつたらもの向けてるから、火の神樣におこられたんだべ。馬鹿。」
「糞、ううーうん、/\、」
由が半分泣きさうにして、身體をゆすつた。
せきとお文は臺所に、ローソクを立てゝ、茶碗などを洗つた。そこに取りつけてある窓にプツ/\と雨が當つた。そして横にスウーと硝子の面を流れた。
「ひどくなるでア。」
お文も「兄、やめればえゝによ。」と云つた。
「俺アだぢ來た頃なんてみんな取りてえだけ秋味(鮭)ばとつたもんだ。夜、だまつてれば、キユ/\/\つて、秋味なア河面さ頭ば出して泣くの聞えたもんだ。」
お文がくすツと笑つた。
「ん、馬鹿。ほんたうだで。をかしイ世の中になつたもんだ。」
遠くで、牛がないた。すると、別な方でもないた。が、風の工合で、途中でそれが聞えなくなつた。
由は仰向けになつて、何んか歌のやうなものをうたつてゐたが、
「お母《ちゝ》、いたこ[#「いたこ」に傍点]ツて何んだ?」ときいた。「いたこ[#「いたこ」に傍点]つ來て、吉川のお父《と》うばおろしてみたつけアなあ、お父、今死んで、火焚きばやつて苦しんでるんだつて云つたどよ。――いたこつて婆だべ。いたこ婆つて云つてたど。」
「ふんとか?」
「いたこ婆にやるんだつて、吉川で油揚ばこしらへてたど。」
「お稻荷樣だべ。」
「お稻荷樣つて狐だべ。」
「んだ。」
「勝とこの芳なあ犬ばつれて吉川さ遊びに行《
前へ
次へ
全70ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング