いつ」に傍点]等の着ているペラペラした着物なんて、俺達がみんな着せてやってるんだ位、もう分ってもええ頃だな。」
前を歩いていた小作が振りかえった。
「伴さんにかかると、かなわないね。」
伴もそれと一緒にウハハハハハと大声を出して笑った。
伴は何んでもズバズバ云ってのける癖があるので、地主から一番「にらまれ」ていた。管理人が遠廻しに、小作権を坪幾何の割で買取ってもいいとよく云ってくる。――何時でも態《てい》のいい追い出しを受けていた。が、反対に少しおとなしくしてくれれば、「管理人」にしてやるがという交渉もあった。が、その度に伴のあたりかまわない「ウハハハハハ」に気をのまれて帰って行った。
「な、ええオ――イ、勝見さんよ、ボヤ、ボヤしてると、キンタマの毛ッこひん抜かれてしまうべよ。」
大きな声で前のに云うと、又ウハハハハハと笑った。
「ハハハハハハハハ。」――向うでも笑っている。
黙っていた阿部が、「伴さん、晩に管理さんのとこさ行ぐ時、一寸寄ってけねか?」と云った。
「ん、ん。」
伴は着物をまくって棒杭のような日焼けした、毛むじゃらの脛を出して、足をいたずらにブラブラさせたり、石を蹴ったりして歩いていた。
「のべ源」
「どうだ、健ちゃ。」後からのッぽの「のべ源」が声をかけた。
「あのどっちでもええ、一晩抱いて寝たらな。」
「何んだ、お前今迄かかって、そったら事考えていたのか。」
健は、初めて、ムカッムカッと云った。
「それんか他にあるか。」ニタニタ笑った。
のッぽの「のべ源」をS村の小作達は、時々山を下りて来る「熊」よりも恐ろしがっている。飲んだら「どんな事」でも平気でした。馬鹿力を出すので、どの小作だってかなわない。「のべ源」の乱暴をとめようとして、五、六人泥田に投げ込まれてしまった事がある。それに女に悪戯した。
酔いがさめると、手拭で頭をしばって、一日中寝た。
「俺ア何アんもしねえど。俺ア――俺だけア何んもしねえど!」
きまって、そう云いながら唸り続けた。
健とは不思議に気が合った。――毎日の単調さ、つらい仕事、それで何処迄行っても身体の浮かない暮しをさせられていれば、誰だって若い男[#「若い男」に傍点]は「のべ源」になる。ならずにいられるものでない。皆、心の隅ッこに「のべ源」の少しずつを持っているんだ。健はそう考え、「のべ源」には他の人のような悪意は感じていなかった。――どの村にも、実際ぐうだらはいたし、居る筈だった。
――然し、何時迄グウだらを繰り返えしたって、どうなるものか、健は此頃はそう思ってきていた。グウだらが悪いんじゃない、グウだらにさせるものがある。それを誰も知っていない、そう思った。
「な、ま、ええさ。今晩飲めるんだ。」
「源、酒の……」
「のべ源」は、分ったよ、分ったよ、という風に頭を振った。伴は「どうしたい。」と、ひやかした。
「模範青年さんにかかるとネ。」頭をかいて、眼を細くした。
「模範青年ッて誰だ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
健は不機嫌に云うと、そのまま黙ってしまった。
阿部は口の中だけで笑っていた。
「野にいる羊」
女達は酒盛の用意のため、三時から管理人のところへ出掛けて行った。嫁取りだとか、法事だとか、何かのお祝いだとか、そういう事だと、お恵達は誘い合って、喜んで出掛けた。――管理人の家の炊事煙突が、めずらしくムクムク煙をはいていた。裏口から襷をかけて、太い腕をまくり出した女達がザルを抱えたり、葱をもったり忙がしく出入りした。
令嬢は、軽い頭痛を覚えていた。――汽車の窓から見たり、色々な小説を読んだりして、何か牧歌的な、うっとりするような甘い、美しさで想像していたチョコレート色の藁屋根の百姓家! それが然しどうだろう。令嬢は二三軒小屋をのぞいてみた。――真暗な家の中からは、馬糞や藁の腐った匂いがムッと来た。暗がりから、ワア――ンと飛び上った金蠅の群が、いきなり令嬢の顔に豆粒のように、打ツかった。令嬢は「アッ!」と声をたてた。腹だけが大きくふくれて、眼のギョロッとした子供が、炉の中の灰《あく》を手づかみにして、口へ持って行っていた。上り端に喰いかけの茶碗と、塩鱒の残っている皿が置きッ放しになって居り、それに蠅が黒々と集《たか》っていた。隅ッこに、そのままに積み重ねてある夜具蒲団の上から、鶏がコクッ、コクッと四囲を見廻わしながら下りて来た。……管理人のところへ帰ってから、濡らしたハンカチを額にあて、令嬢はしばらく横になった。
夜になると、「ランプ」がついた。令嬢は本当のランプを見るのが始めてだった。都会のまばゆい電燈になれた眼には暗い。まるで暗い。然しランプの醸し出す雰囲気は、始めて令嬢を喜ばせた。
「素敵だわ!」
小樽や東京にい
前へ
次へ
全38ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング