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[#罫内の「※」は「※[#感嘆符二つ、1−8−75]」]
「もう五つ――」
争議団は小樽の労働者達に見送られて、――一ヵ月以上の「命がけ」の(伴は、あとで思い出すと、背中がゾッとする、とよく云っていた。――よくまアやってきたもんだ。)闘争の地を後にした。
あと九ツでH停車場だ!――もう七ツだ――もう五ツ――四ツ――三ツ、と、なると皆は云いようのない気持に抑えられた。近くなればなる程、小作人達はムッ[#「ムッ」に傍点]つり黙りこんできた。
――伴の厚い、大きな肩が急に激しく揺れた。と、ワッと泣き出してしまった。雪焼けした赭黒い顔に、長い間そらなかった鬚が一面にのびていた。――伴は自分の肱に顔をあてた。そして声をかみ殺した。
嬉しかった! ただ嬉しい。それをどうすればいいか分らないのだ。
女達も思わず前掛で顔を覆ってしまった。
[#改段]
十六
「毎日毎日、一月も考えた。」
「ねえ、健ちゃ……」
節は余程云い難いことらしかった。
「……お父な、嫁にでも直く行《え》ぐんでなかったら、都会《まち》さ稼ぎに出れッてるんだども……!」
――とうとうそう云った。
「俺……俺一緒にならない。」――健は苦しかった。
「…………※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
暗かったが、節の顔が瞬間化石したように硬わばったことを健は感じた。
「……考えることもあるんだ、俺小樽から帰ってから毎日毎日、一月《ひとつき》も考えた。……考えたあげく、とうとう決めることにしたんだ……俺は、旭川さ出る積りだよ。」
「……何しに?」
「うん?」
「何しによ?」
「後で分るよ……」
「…………」
――節は健のうしろにまわしている手を、何時の間にか離していた。
健は固い決心で旭川に出て行った。キヌの妹が見送ってきてくれた。
彼は、そして「農民組合」で働き出した。
[#地から1字上げ]――一九二九・九・二九――
底本:「日本プロレタリア文学集・26 小林多喜二集(一)」新日本出版社
1987(昭和62)年12月25日初版
初出:一〜十一、十六「中央公論」
1929(昭和4)年11月号
十二〜十五(「戦い」の表題で。)「戦記」
1929(昭和4)年12月号
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
※「 「労農争議共同委員会」」の改行一字下げは、底本をなぞりました。
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2009年4月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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