々嫁は貰えなかった。と云って、又金を懐にしてワザワザH町まで出掛けて行くことの出来ないものは、日が暮れると、勝のところへやってきた。
 ひょいと見ると、勝の家から誰か男が出てきた。出口の幅だけの光を身体の半面にうけて、それがこっちから見えた。――武田だ! 偉いこと云って!――健は武田のそういう処を見たのが愉快でたまらなかった。
 今に見ろ、畜生!
[#改段]

    七


     七之助の手紙

 畑から帰ってくると、母親がプリプリ怒っている。
「見れでよ。切手不足だって、無《ね》え金ば六銭もふんだくられた。」
 手紙は七之助から来ていた。――健は泥足も洗わずに、炉辺へずッて行って、横になりながら封を切った。

 朝五時に起きて、六時には工場に行っている。油でヒンやりする、形の無くなった帽子をかぶり、背中を円るくし、弁当をブラ下げて出掛けて行く。俺の前や後にも、やっぱりそういう連中が元気のない恰好で急いで行く。――工場では、ボヤボヤしていられない。朝の六時から晩の五時迄、弓の弦のように心を張っていなければならない。
 俺が来てから、仲間の若い男が二人機械の中にペロペロとのまれてしまった。ローラーからは、人間が大巾の雑巾のような挽き肉になって出てきた。一人の方の女房は、それから淫売をやって、子供を育てているという評判をきいた。もう一人は青森の小作の三男だそうだ。背がゾッとする。
 工場は大きな機械の廻る音で、グヮングヮンしている。始めの一週間は家へ帰っても、耳も頭もグヮングヮンして、身体がユキユキし、新聞一枚読めなかったものだ。――俺はこのまま馬鹿になってしまうんではないか、と思った。今は慣れた。
 此前キヌと会った。キヌは岸野の経営している「ホテル」にいる。――岸野は雑穀、海産、肥料問屋、ホテル、××工場、精米株式会社を経営し、取引所会員、拓殖銀行其他の株主、商業会議所議員、市会議員をやっている。他に何千町歩という農場や牧場も持っているわけだ。
 岸野が売り残して年を越したために、検査に落ちて、どうにもならなくなった鰊粕を、俺達の農場の方へ送り込んで寄こして、それを検査品と同じ値段で売っていることは、知っている筈だ。然しあの岸野にしたら、こんな事ものの数でもない。
 キヌが云っていたが、ホテルには二十人近く女給がいる。――岸野が一週間に二度位廻って行くと、必ず
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