に眠かった。
母親は思い切り悪く、何時迄も枕もとでクドクド云っていた。それを、うるさい、うるさいと思ってききながら、何時の間にか又眠っていた。
「ハッ、兵隊さんだな」
裏の畑のそばで、由三が蹲んで、
「日本勝った、日本勝った、ロシア負けたア……」
「日本勝った、日本勝った、ロシア負けたア……」
枝切れで蟻穴をつッついていた。
「赤蟻、露助。黒蟻、日本。――この野郎、日本蟻ばやッつける積りだな。こん畜生。こん畜生!」
ムキになって、枝の切れッぱしで突ッつき出した。
「こら、こら、――こらッ!」
遠くで銃声がした。由三はギクッと頭を挙げた。――続いて又銃声がした。由三は枝ッ切れを投げ捨てると、いきなり表へ駈け出した。眼をムキ出して駈け出した。
「ハッ、兵隊さんだな!」
「何するだ、稲が、稲が※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
昼頃、宿割をきめる軍人と役場の人がやってきた。健達は「青年訓練所」から演習の見学のために、一日だけ参加しなければならなかった。――軍人と辛苦をともにして、如何《どん》な難事にも耐える精神を養うのだ、というのだ。危い、危い、健は然し今ではもう行く気がしていなかった。――云うことだけは立派だ。「難事に耐える!」だが、何んの難事に耐えるのか。「裏」を見ろ! いくら食えなくても、小作人はジッとしていなければならない、ということの演習ではないか!
朝から、遠くで銃声がしていた。飛行機が高く晴れ上った空に、爆音をたてて飛んだ。向きの工合で、翼が銀色にギラギラッと光った。小作人達は所々に立ち止って、まぶしそうに額に手をかざして、空を見上げていた。――子供は夢中だった。
健は由三にせがまれて、外へ出た。ジリ、ジリと暑かった。だまっていても、腋《わき》の下が気持悪くニヤニヤと汗ばんだ。由三は今ようやく出来かけている口笛を吹きながら、手にぶら下ったり、身体にからまって来たり、一人で燥いでいる。
市街地に入ると、郵便局の前に毛並のそろった軍隊の馬が、つながっていた。小さい鞄を腰にさげた兵士が頼信紙に何か書いていた。
「ええ馬だな。――俺アの馬ど比らべてみれでア!」
由三は馬の側を離れないで、前へ廻ったり、後へ廻ったり、蹲んで覗き込んだ。
「兄ちゃ、来年《らいしん》[#ルビの「らいしん」はママ]兵隊さ行けば、馬さ乗るんだべか
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