は他の人のような悪意は感じていなかった。――どの村にも、実際ぐうだらはいたし、居る筈だった。
 ――然し、何時迄グウだらを繰り返えしたって、どうなるものか、健は此頃はそう思ってきていた。グウだらが悪いんじゃない、グウだらにさせるものがある。それを誰も知っていない、そう思った。
「な、ま、ええさ。今晩飲めるんだ。」
「源、酒の……」
「のべ源」は、分ったよ、分ったよ、という風に頭を振った。伴は「どうしたい。」と、ひやかした。
「模範青年さんにかかるとネ。」頭をかいて、眼を細くした。
「模範青年ッて誰だ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
 健は不機嫌に云うと、そのまま黙ってしまった。
 阿部は口の中だけで笑っていた。

     「野にいる羊」

 女達は酒盛の用意のため、三時から管理人のところへ出掛けて行った。嫁取りだとか、法事だとか、何かのお祝いだとか、そういう事だと、お恵達は誘い合って、喜んで出掛けた。――管理人の家の炊事煙突が、めずらしくムクムク煙をはいていた。裏口から襷をかけて、太い腕をまくり出した女達がザルを抱えたり、葱をもったり忙がしく出入りした。
 令嬢は、軽い頭痛を覚えていた。――汽車の窓から見たり、色々な小説を読んだりして、何か牧歌的な、うっとりするような甘い、美しさで想像していたチョコレート色の藁屋根の百姓家! それが然しどうだろう。令嬢は二三軒小屋をのぞいてみた。――真暗な家の中からは、馬糞や藁の腐った匂いがムッと来た。暗がりから、ワア――ンと飛び上った金蠅の群が、いきなり令嬢の顔に豆粒のように、打ツかった。令嬢は「アッ!」と声をたてた。腹だけが大きくふくれて、眼のギョロッとした子供が、炉の中の灰《あく》を手づかみにして、口へ持って行っていた。上り端に喰いかけの茶碗と、塩鱒の残っている皿が置きッ放しになって居り、それに蠅が黒々と集《たか》っていた。隅ッこに、そのままに積み重ねてある夜具蒲団の上から、鶏がコクッ、コクッと四囲を見廻わしながら下りて来た。……管理人のところへ帰ってから、濡らしたハンカチを額にあて、令嬢はしばらく横になった。
 夜になると、「ランプ」がついた。令嬢は本当のランプを見るのが始めてだった。都会のまばゆい電燈になれた眼には暗い。まるで暗い。然しランプの醸し出す雰囲気は、始めて令嬢を喜ばせた。
「素敵だわ!」
 小樽や東京にい
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