でも!)それがゴソリゴソリと地主に取り上げられて行くのを見ると、もとはちっともそうでなかったのに、妙に投げやりな、底寒い気持になった。切り[#「切り」に傍点]がない、と思わさった。――「何んだい模範青年が!」――阿部の云ったことが、思い当ってきた。
 それから健は、誰にでも「模範青年」と云われると、真赤になった。

     「武田」

 会が始まった。
「開会の辞」で武田が出た。如何にも武田らしく演壇に、兵隊人形のように直立して、演説でもするように、固ッ苦しい声で始めた。聞きなれない、面倒な熟語が、釘ッ切れのように百姓の耳朶《みみたぶ》を打った。
 ――……この危機にのぞみ、我々一同が力を合わせ、外、過激思想、都会の頽風と戦い、内、剛毅、相互扶助の気質を養い、もって我S村の健全なる発達を図りたい微意であるのであります。
 ――……なお、此度《このたび》は旭川師団より渡辺大尉殿の御来臨を辱うし、農場主側よりは吉岡幾三郎氏代理として松山省一氏、小作方よりは不肖私が出席し、ここに協力一致、挙村円満の実をあげたいと思うのであります。
 七之助は聞きながら、一つ、一つ武田の演説を滑稽にひやかして、揚足をとった。
「武田の作ちゃも偉ぐなったもんだな。――悪たれ[#「悪たれ」に傍点]だったけ。」
 健の前に坐っている小作だった。――「余ッ程、勉学したんだべ。」
 七之助が「勉学」という言葉で、思わず、プウッ! とふき出してしまった。
「大した勉学[#「勉学」に傍点]だ。――※[#「┐<△」、屋号を示す記号、266−下−17]と地主さん喜ぶべ。円満円満、天下泰平。」
 健とちがって、前から七之助にはそういう処がある。洒落《しゃれ》やひやかしが、百姓らしくなく、気持のいい程切れた。

     「地主代理」

 地主代理は思いがけない程子供らしい、細い声を出した。それに話しながら、何かすると、ひょいひょい鼻の側に手を上げた。それが百姓達には妙に「人物」を軽く見させた。七之助は、そら七ツ、そら十一だ、そら又、……と、数えて笑わせた。――地主と小作人は「親と子」というが、そんなに離れたものでなしに、「頭脳と手」位に緊密なもので、お互がキッチリ働いて行かなければ、この日本を養って行くべき大切な米が出来なくなってしまう。他所《よそ》では此頃よく「小作争議」のような不祥事を惹き起しているが、
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