!」
「な、兄ちゃ、狐……」――瞬間、炉の火がパチパチッと勢いよくハネ飛んだ。それが由三の小さいひょうたん[#「ひょうたん」に傍点]形のチンポ[#「チンポ」に傍点]へ飛んだ。
「熱ッ、熱ッ、熱ッ※[#感嘆符二つ、1−8−75]……」
 由三はいきなり絵本を投げ飛ばすと、後へひっくりかえって、着物の前をバタバタとほろった。泣き声を出した。「熱ッ、熱ッ※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
「ホラ、見れ! そったらもの向けてるから、火の神様に罰が当ったんだ。馬鹿!」
 姉のお恵が、物差しで自分の背中をかきながら、――「その端《さき》なくなってしまえば、ええんだ。」と、ひやかした。
「ええッ、糞ッ! 姉の白首《ごけ》!」
 ベソ[#「ベソ」に傍点]をかきながら、由三が喰ってかかった。聞いたことのない悪態口に、皆思わず由三をみた。
 母親がいきなり、由三の小さい固い頭を、平手でバチバチなぐりつけた。
「兄ちゃ、由この頃どこから覚べえて来るか、こったら事ばかり云うんだど!」
 お恵は背中に物差しをさしたままの恰好で、フイ[#「フイ」に傍点]に顔色をかえた。それが見る見るこわばって行った。
 と、お恵は、いきなり、由三を物差しで殴りつけた。ギリギリと歯をかみながら、ものも云わずに。物差しがその度に、風を切って、鳴った。――そして、それから自分で、ワアッ! と泣き出してしまった……
 明日は三時半頃から田へ出て、他の人より遅れている一番草を刈り上げてしまわなければならない。――健は、然し、眠れなかった。表を誰かペチャペチャと足音をさして、通って行った。健は起き上った。ランプの消えた暗い土間を、足先きで探りながら、台所へ下りて行った。水甕から、手しゃくで、ゴクリゴクリのどをならしながら、水を飲んだ。厩小屋から、尻毛でピシリピシリ馬が身体を打っている音が聞えた。
 夜着をかぶると、間もなく、ねじ[#「ねじ」に傍点]のゆるんだ、狂った柱時計が、間を置きながら、ゆっくり七つ打った。
[#改段]

    二


     「S相互扶助会」発会式

 正面の一段と高いところには「天皇陛下」の写真がかかっていた。
「修養倶楽部」の壁には、その外「乃木大将」「西郷大先生」「日露戦争」「血染の、ボロボロになった連隊旗」などの写真が、額になってかかっていた。演壇の左側には、払下げをうけた、古ぼけた旧式
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