助が云った。
「んか……」
「お前え、それから岸野がワザワザ小樽から出てきて、とッても青訓や青年団さ力瘤《ちからこぶ》ば入れてるッて知らねべ。」
「んか?」
「阿部さんや伴さんが云ってたど。――キット魂胆があるッて。」
「ん?」――健にはそれがハッキリ分らなかったが――何か分る気持がした。
「熱ッ、熱ッ、熱ッ※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
健は足を洗いに、裏へ廻った。湿った土間の土が、足裏にペタペタした。物音で、家の中から、「健かア――?」と母親が訊いた。
「う。」――口の中で返事をしながら、裾をまくって、上り端に腰を下した。――厩《うまや》の中から、ムレ[#「ムレ」に傍点]た敷藁の匂いがきた。
由三はランプの下に腹這いになって、両脛をバタバタ動かしながら、五、六枚しかついていないボロボロの絵本を、指を嘗め嘗め頁を繰っていた。
「姉、ここば読んでけれや。」
由三は炉辺でドザ[#「ドザ」に傍点]を刺していた姉の肱をひいた。
「馬鹿ッ!」
姉はギクッとして、縫物をもったまま指を口に持って行って吸った。「馬鹿ッ! 針ば手さ刺した!」
由三は首を縮めて、姉の顔を見た。――「な、姉、この犬どうなるんだ?」
「姉なんか分らない。」
「よオ――」
「うるさい!」
「よオ――たら!――んだら、悪戯《いたずら》するど!」
健は炉辺に大きく安坐をかいて坐った。指を熊手にして、ゴシゴシ頭をかいた。
家の中は、長い間の焚火のために、天井と云わず、羽目板と云わず、ニヤニヤと黒光りに光っていた。天井に渡してある梁《はり》や丸太からは、長い煤が幾つも下っていて、それが下からの焚火の火勢や風で揺れた。――ランプは真中に一つだけ釣ってある。ランプの丸い影が天井の裸の梁木に光の輪をうつした。ランプが動く度に、その影がユラユラと揺れた。誰かがランプの側を通ると、障子のサン[#「サン」に傍点]で歪んだ黒い影が、大きく窓を横切った。ランプは始終ジイジイと音をさせて、油を吸い上げた。時々明るくなったかと思うと、吸取紙にでも吸われるように、すウと暗くなった。
「さっきな、阿部さんと伴さん来てたど。」
「ン――何んしに?」
「なア、兄《あん》ちゃ、犬ど狼どどっち強《つ》えんだ。――犬だな。」
「道路のごとでな。今年も村費が出ねんだとよ。」
「今年もか――何んのための村費道路[#「村
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