、それは然しただ眠れないだけのことでしょう。然し私共は一日一日が生きて行けるか、行けないかのことなんです。命がけのことなんです。」
だが、もう決してお前達には会わないし、云うこともきいてやらないから勝手にせ! とうとうそう云ってしまいました。――涙ながらに語った。
かくして岸野小作争議は、「社会的」に益※[#二の字点、1−2−22]深刻を極めて行くものの如くである。
[#改段]
十四
「解散! 解散※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
「演説会」が開かれた。健は組合の人や阿部、伴などと一緒に、劇場の裏口から入った。入口で巡査から一々懐や袂を調べられた。
「よし。」そう云って背中を押す。
「何が、よしだ!」――健にはグッと来た。
「御苦労さんだな!」――組合員は小馬鹿にした調子を無遠慮にタタキつけて、ドンドン入って行く。
二階から表を見下すと、アーク燈のまばゆい氷のような光の下で、雪の広場はチカチカと凍てついていた。顎紐をかけた警官が、物々しく一列に延びて、入り損った聴衆を制止していた。丁度真下に、帽子の丸い上だけを見せて、点々と動いている黒い服が、クッキリ雪の広場に見えた。――所々に小競合《こぜりあい》が起って、そこだけが急に騒ぎ出して、群衆がハミ出してくる。警官が剣をおさえながら、そこへバラバラと走って行く。
二千人近くのものが帰りもしないで、ジリジリしていた。
「立ち止っちゃいかん。」
「固まると、いかん。」
「こら、こら!」
警官があちこちで同じことを繰りかえしていた。
群衆のしゃべったり、怒鳴り散らしたりしている声は、一かたまりに溶け合って聞える。時々鋭く際立ってそのなかから響くことがある。
――健は「有難かった!」有難い! 有難い! わけもなくその言葉が繰りかえされた。
寒気《しばれ》ていた。広場はギュンギュンなって――皆は絶えず足ぶみ[#「ぶみ」に傍点]をしていた。下駄の歯の下で、もの[#「もの」に傍点]の割れるような音をたてた。
演説会は最初から殺気立っていた。
「横暴なる彼等官憲……」
「中止!」
直ぐ入り代る。
「資本家の番犬……」
「中止ッ!」
――二分と話せない。出るもの、出るもの中止を喰った。
――阿部も伴も演説が上手《うま》くなっていた。聴衆は阿部や伴のゴツゴツした一言一言に底から揺り動かされ
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