あの「ガラ/\」の山崎のお母さんでさえ、引張られて行く自分の息子よりも、こんな日の朝まだ夜も明けないうちに、職務とは云え、(それも「敵方の[#「敵方の」に傍点]」職務だが)やって来て、家宅捜索をするのに、すぐ指先がかじかん[#「かじかん」に傍点]で、一寸やっては顎《あご》の下に入れて暖めているのを見るに見兼ねて、「え糞《くそ》ッ!」という気になり、ストーヴをたきつけてやったと云っている。
監獄《なか》にいるお前に「お守り」を送ることをするようなお前の母は、冬がくると(この寒い冬なのに)家中のものに、二枚の蒲団を一枚にさせ、厚い蒲団を薄い蒲団にさせた。なか[#「なか」に傍点]にいるお前のことを考えてのことなのだ。それでも、母が安心していることは、こっちの冬に二十何年も慣れたお前は、キットそこなら呑気《のんき》にいれるだろうと考えているからだ。前の手紙を見ると、お前はそこで毎朝六時に「冷水摩擦」をやっていると書いていたが、こっちでそんな時間に、そんなことをしたら、そのまゝ冷蔵庫に入った鮭《さけ》のようにコチコチになってしまうよ。
家《うち》へ来たのは朝の五時。やっぱり[#「やっぱり」に傍点]妹が一番先きに眼をさましたの。そして母を揺り起した。母が眼をさますと、何だかと訊《き》いたので、「ケイサツ」と云うと、母はしばらく黙っていたが、「兄が東京で入っているんだも、モウ何ンも用事ねえでないか?」と云った。妹はそれにどう返事をしていゝか分らなかった。
母はブツ/\云いながら、それでもお前が「四・一六」に踏み込まれたときとはちがって、平気で表の戸を開けに行った。それは女ばかりの家で、母にはお前のことだけのぞけば、あとはちっとも心配することが無いからである。戸が開くと、一番先きに顔を出したスパイが、妹の名を云って、いるかときいた。そのスパイは前から顔なじみ[#「なじみ」に傍点]だった。母は「いるよ。」と、当り前で云ってから、「あれ[#「あれ」に傍点]がどうしたのかね?」と問うた。スパイはそれには何も云わずに、「いるんだね」と念を押して、上がり込んできた。
明け方の寒さで、どの特高の外套《がいとう》も粉を吹いたように真白になり、ガバ/\と凍えた靴をぬぐのに、皆はすっかり手間どった。――お前の妹は起き上がると、落付いて身仕度をした。何時もズロースなんかはいた[#「はいた」
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