った時、自動車の前を毎朝めし[#「めし」に傍点]を食いに行っていた食堂のおかみさんが、片手に葱《ねぎ》の束を持って、子供をあやしながら横切って行くのを見付けた。
 前に、俺はそこの食堂で「金属」の仕事をしていた女の人と十五銭のめし[#「めし」に傍点]を食っていたことがあった。その時、多分いま前を横切ってゆく子供に、奥の方でコックがものを云っているのが聞えた。
「オヤ、この子供は今ンちから豆ッて云うと、夢中になるぜ。いやだなア!」
 そんなことを云った。
 すると、一緒にめし[#「めし」に傍点]を食っていた女の人が、プッと笑い出して、それから周章てゝ真赤になってしまった。
 俺はそれをひょいと思い出したのだ。すると、急にその女の同志に対する愛着の感じが胸をうってきた。その女の人は今どうしているだろう? つかまらないで、まだ仕事をしているだろうか。
 自動車は警笛をならした。そこは道が狭まかったのだ。おかみさんはチョッとこっちを振りかえったが、勿論あれ程見知っている俺が、こんな自動車に乗っていようなぞという事には気付く筈《はず》もなく――過ぎてしまった。俺は首を窮屈にまげて、しばらくの間う
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