年になればなる程、成績が優秀なので、「五カ年計画を六カ年で[#「五カ年計画を六カ年で」に傍点]!」というのがスローガンである。そのためには、日常行動を偶然性に頼っていたのでは駄目なので、科学的な考顧の上に立って行動する必要があった。笠原は時々古本屋から「新青年」を買ってきて、私に読めと云う。私もどうやら時には探偵小説を、真面目《まじめ》に読むことがある。
次の日、定期の連絡に行くと、須山は私を見るや、「よかった、よかった!」と云った。彼は私が(私は約束を欠かしたことがないので)やられたものとばかり思い、実は君の顔を見るまで、悪い想像ばかりが来て弱っていたと云うのである。私は昨日の側杖《そばづえ》を食ったことを話した。そして、
「五カ年計画を六カ年で、じゃないか!」
と、笑った。
「それはそうだが……」
昨日私が「人殺し」の側杖をくって「エンコ」が出来なかったので、須山は今日それが出来るように用意してきていた。場所は伊藤の下宿だった。彼女はこゝ一二日のうちにそこを引き移るので、下宿を使うことにしたのである。下宿人が七八人もいるので、条件はあまり良くはなかった。私は若し小便が出たくなったら、伊藤が病気のときに買って置いた便器を使って、便所へ降りて行かないことにした。便所で同居の人に顔を合わせ、若《も》しもそれが知っている人であったりしたら大変である。
私は二人に「そっちを見てろよ」と云って、室の隅ッこに行き、その硝子《ガラス》の便器に用を足した。伊藤は肩をクッ/\と動かして笑った。
「臭いぞ!」
と、須山は大げさに鼻をつまんで見せた。
「キリンの生《なま》だ!」
私は便器を隅の方へ押してやりながら、そんなことを云って二人を笑わせた。
倉田工業はいよ/\最後の攻勢に出ていることが分った。それは例えば伊藤の報告のうちに出ていた。伊藤と一緒に働いているパラシュートの女工が、今朝入った「マスク」の第三号を読んでいると、四五日前に新しく入ってきた男工が、いきなりそれをふんだくって、その女工を殴《な》ぐりつけたというのである。「マスク」やビラが入ると、みんなはオヤジにこそ用心すれ、同じ仲間には気を許す。それでうっかりしていたのであった。それを見ていた伊藤はどうも様子が変だと思い、その男を調らべてみることにした。あとで掃除婦から、その男工はこの地区の青年団の一員で在郷軍人で
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