た。
源吉はズブ濡れの身体《からだ》をすっかりロープで縛られていた。そしてその綱の端が棒頭の乗っている馬につながれていた。馬が少し早くなると(早くするのだ)逃亡者はでんぐり返って、そのまま石ころだらけの山途《やまみち》を引きずられた。半纒《はんてん》が破れて、額や頬《ほお》から血が出ていた。その血が土にまみれて、どす黒くなっている。
皆は何んにも言わないで、また歩きだした。
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(体を悪くしていた源吉は死ぬ前にどうしても、青森に残してきた母親に一度会いたいとよくそう言っていた。二十三だった。源吉が、二日前の雨ですっかり濁って、渦《うず》を巻いて流れていた十勝川に、板一枚もって飛びこんだということはあとで皆んなに分った)
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* *
飯がすむと、棒頭が皆を空地に呼んだ。
まただ!
「俺ァ行きたくねえや……」皆んなそう言った。
空地へ行くと、親分や棒頭たちがいた。源吉は縛られたまま、空地の中央に打ちぶせになっていた。親分は犬の背をなでながら、何か大声で話していた。
「集まったか?」大将がきいた。
「全部だなあ?」そう棒頭が皆に言うと、
「全部です」と、大将に答えた。
「よオし、初めるぞ。さあ皆んな見てろ、どんなことになるか!」
親分は浴衣《ゆかた》の裾《すそ》をまくり上げると源吉を蹴《け》った。「立て!」
逃亡者はヨロヨロに立ち上った。
「立てるか、ウム?」そう言って、いきなり横ッ面を拳固《げんこ》でなぐりつけた。逃亡者はまるで芝居の型そっくりにフラフラッとした。頭がガックリ前にさがった。そして唾《つば》をはいた。血が口から流れてきた。彼は二、三度血の唾をはいた。
「ばか、見ろいッ!」
親分の胸がハダけ[#「ハダけ」に傍点]て、胸毛がでた。それから棒頭に
「やるんだぜ!」と合図《あいず》をした。
一人が逃亡者のロープを解いてやった。すると棒頭がその大人の背ほどもある土佐犬を源吉の方へむけた。犬はグウグウと腹の方でうなっていたが、四肢《しし》が見ているうちに、力がこもってゆくのが分った。
「そらッ!」と言った。
棒頭が土佐犬を離した。
犬は歯をむきだして、前足をのばすと、尻の方を高くあげて……源吉は身体をふるわしていたが、ハッとして立ちすくんでしまった。瞬間[#「瞬間」に傍点]シ
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