て入念な――“Eternal Prostitution”“Periodical Prostitution”“Five yen a time”というような言葉までできていた。彼はその事について、恵子にたずねた。恵子は――「そんなことでしたら、誰がなんと言おうと私を信じてもらっててもいいの!」と言った。恵子が淫売で拘留されたことがあるとか、家の裏に抜穴があるとか、もっと詳《くわ》しいことが噂立った。龍介はイライラしてきた。恵子を信じていても、やはりそんなことがいろいろに意識のうちに入ってきて、不快だった。しかしそれと同時に、彼は恵子をすっかり自分のものにしたい気持を感じだしてきた。しつこい強さできた。龍介は危い自分を意識したが、だめだった。彼の気持はずうと前に行ってしまっていた。彼はそのことを打ち明けるのに、市から汽車に乗って三十分ほどで行けるZの海岸にしようと考えた。その海岸は眼路《めじ》もはるかなといっていいほど砂丘が広々と波打っていた。よく牛が紐《ひも》のような尻尾《しっぽ》で背のあぶを追いながら草を食っていた。彼はそこ以外ではいけないと思った。彼はそこでのことをいろいろに想像した。
 龍介は他にお客がなかったとき恵子に「Zの海岸へ行く」都合をきいた。言ってしまって、自分でドキまぎした。
 恵子は「どうして?」とききかえした。
「……遊びにさ」
「そうねえ――考えておくわ」と言った。
「考える?」
「でも、いろいろ都合があるし……それに主人にも……」
「そう、じゃ二、三日に来るよ」龍介は外へ出たときホッとした。
 彼は二、三日経て行った。恵子は今度の日曜ならいい、と言った。彼は汽車の時間をきめ、停車場で待つことにして帰った。土曜日彼はさしあたり必要のない冬服を質屋に持ってゆき、本を売った。それで金の方は間に合った。次の日停車場へ行った。天気なので、どこかへ出かける人でいっぱいだった。龍介は落ちつかない気持で待合の入口を何度も行ったり来たりした。時計を何度も見た。それから恵子のくる通りの方へも出かけてみた。汽車がプラットフォームへ入った。恵子は来なかった!
 龍介は汽車が出てしまったあと、どうしようか、と思ったが、カフェーへ行ってみた。恵子は手拭を「ねいさん」かぶりにして掃除をしていた。彼が入ってくると、行けなかったことを弁解した。彼は今度の日を約束して帰った。約束
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