介は歩きながら、Tがいなかったら、また今晩は変に調子が狂うかもしれないと思った。そう思うと何んだかいないかもしれない気がしてきた。が図書館の入口の電燈が見え始めた時彼は立ち止まった。なぜ自分はこう友だちのところへ行くのか、と考えた。友だちを訪ねることが何か自分の気持にしっかりしたところのないことから来ており、それが友だちにハッキリ見られる気がした。
――入っていって、「遊びに来た」と言う。その時相手がいかにも落着いた態度で出てきたら、手にペンでも(本でもいい)持って出てきたら、その時こそ惨めな自分が面と面を突きあわすことを露骨《ろこつ》に感ぜさせられるだろう。それにはかなわ[#「かなわ」に傍点]ない。
――上りになっていた道をむしろ早足で歩いてきたので身体が熱かった。Tのいる室に明るく電燈がついているのが見えた。そこで机の前に坐り、外のことにはちっとも気を散らさずに、自分の仕事をしているTがすぐ想像できた。そんなところへこのあやふやな気持を持ってゆき、それをゴマかすためにでたらめをむちゃくちゃにしゃベる! とんでもないことだ! ことごとにこんな自分が情けなく思った。彼は戻りかけた。しかしもう気持が、寄れないところへ行っていた。彼は別な、公園の道に出た。そこは市役所の裏で暗かった。道の両側には高い樹が並んで立っており、それが上の方で両方枝を交えていた。そして、まだ落ちていない葉にさわる雪のかすかな音が、ずウと高い所から聞えた。
龍介はもう一人、画をかくSに会いたかった。しかしこれからすぐ停車場へ行けば九時十分の汽車に間に会う。それからでも家《うち》で何か勉強できる気がした。とにかく気持をどッか一方へ落着かせたかった。
二
高台になっている公園からは街《まち》が一眼に見えた。一番賑やかな明るい通りの上の空が光を反射していた。龍介は街に下りる道を歩きながら、
――俺はいったい何がしたいんだろう、と考えた。しかし分らなかった。分らない? フンこんなばかな理窟の通らない話があるか、そう思い、龍介は独《ひと》りで苦笑した。
龍介は街に入ると、どこかのカフェーに入って、Sに電話をかけてみようと思った。が彼の通ってゆく途中の一軒一軒が、彼を素直な気持で入らせなかった。結局、彼は行きつけの本屋に寄って、電話を借り、Sにかけた。交換手がひっこんで、相手が出る、
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