ませるよ」
「どうして?」
「飲みたくないんだ」彼は女の手に盃《さかずき》を持たしてやった。
「ソお」女は今度はすぐ飲んだ。
 龍介は注《つ》いでやった。
「本当、いいの?」
「うん」
 女はちょっと笑顔《えがお》をしてのんだ。彼は銚子を下に置かずに注いでやった。女は飲むたびに、「本当?」ときいた。
「この章魚《たこ》も、さかなも食っていいんだ」
 彼は割箸《わりばし》をわって、皿の上に置いた。
「いいの?――何んだか……」
 女は少し顔を赤くして、チラッチラッと二、三度龍介を見上げると、「どうして、兄さん……」と言った。
「俺は食わないんだ。いいから」
「ソお、……なんだか……」
 女はさかなを箸の先でつっついて、またひくく「いいの?」と言った。そして、最初箸の先にちょんびり[#「ちょんびり」に傍点]肴を挾《はさ》んで左手の掌《てのひら》にそれを置いて口にもってゆくとき、龍介をちょっとぬすみ見て、身体を少しくねらし、顔をわきにむけて、食べた。彼はすぐまた酒をついでやった。女はまたさかな[#「さかな」に傍点]を食った。章魚の方にも箸をつけた。腹が減っているんだなあ、と彼は思った。
「いくつだ?」
「――年?」眼にちょっとしたしな[#「しな」に傍点]を作って彼を見た。
「うん」
「……十七」
「考えて言えァだめだ」
「本当よ。――十七」
「そうか……章魚がうまいか?」
「…………」返事をしないで女が笑った。
「いつから?……」
「十五から」
「十五?――」
 龍介は酒をついでやった。一本の方はもうなくなった。彼は女の目の前で銚子を振ってみせた。女はちょっと肩を縮めて、黙って笑った。
「まだ、あるんだ。安心せ」
 彼はもう一本の方を手にもって、「さあ、注いでやるぞ」と言った。そして、「どうしてこんな所へ来たんだ?」ときいた。
 女はちょっとだまった。火鉢のふち[#「ふち」に傍点]に両肱《りょうひじ》を立てて、ちょうどさかずき[#「さかずき」に傍点]を目の高さに持っていた女は、口元まで持っていったのをやめて、じっとそれに見入った。両方とも少しだまった。と、女は顔をあげで、
「そんなこときいて何するの?」ときいた。そして、
「イヤ! 私いや!」と言って、頭を振った。
「ききたいんだ」
 間。
「どうして?」
「どうしでもさ。金のためにか、すきでか……」
「私言わないもの……
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