「この子は!」年増《としま》はバチで子供の肩をついた。「さあ、今度は唄うねえ、いいかい。――可愛いねえ……」そう言って、女は三味線の箱にさわる手首をちょっとつばでしめすと、しゃちこばった手つきで三味線をジランジランとならした。「さあ!」女の子をうながした。そしてア――ア――とすっかりかすれた声で出し[#「出し」に傍点]をつけてやった。
 女の子は両手を袖《そで》の中にひっこめたまま、だまっていた。
「また!」年増はさも歯をかんでいるように言った。
 女の子は本能的になぐられる時のように頭に手をあげた。
「まあ、この子!」年増はいきなり女の子の背を撥《ばち》でついた。女の子は足駄《あしだ》をころばすと、よろよろして、見ていた人の足元にのめった。
 年増は「ええ、どうも、この子にァ、ハア困るんです。へえ、こんなようじゃ二人とも干上りですよ。へへへへへ、どう――して、こんな子を持ったのやら、へえ……」と、頭を時々さげて、立っている人の方を見ながら言った。「こうやってるんですけど、今晩は一文にもならないんですよ――この子が……」
 誰かが金を投げてやった。眼の悪い年増は首をかしげていたが、笑顔をうかべて、二、三度頭をさげた。
「それ! 可哀相だと思ってめぐんでくださったんだ。お礼を言って。お金を……」
 女の子は金を拾って年増の手に渡した。女は受取ると、それを眼の前にかざして、いくらの金かを手ざわりでしらべた。
「へえ、へえ……どうもありがとうございます」
 その時もう一人金をなげた。そして「あんまりいじめるなよ」と言った。彼はそれ以上見ていられなかった。彼は自分が不機嫌に腹の底から興奮してくるのを感じた。雪の降りはひどくなっていた。後から分《わけ》の分らない三味線の音が聞えてきた。
 Sはまだ帰ってきていなかった。Sの妹が、龍介が来たら、画を見て帰ってくれと兄に頼まれたと言った。そして、静物を描いた十二号大のカンバスを持ってきた。Sのお母さんが隣りの室から電燈を引張ってくると画の方にそれを向けて見せた。
「立派です」と龍介は言った。
「どういうもんですかねえ」とお母さんが笑った。
 龍介は外へ出るときゅうに自家へ帰りたくなった。

     四

 汽車はもうなかった。龍介は帰りながら、自分の仕事の上で何かすばらしいことがしたいと思った。彼はいつでもむだにカフェーなどを廻
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