った。――「産業の合理化」は本当の目的を別なところに持っていた。それは「企業の集中化[#「企業の集中化」に傍点]」という言葉で云われている。中や小のゴチャ/\した商工業を整理して、大きな奴を益々大きくし、その数を益々少なくして行こうというのが、その意図だった。
 で、その窮極の目的は、残された収益性に富む大企業をして安々と独占の甘い汁を吸わせるところにあった。そして、その裏にいて、この「産業の合理化」の糸を実際に[#「実際に」に傍点]操《あやつ》っているものは「銀行」だった。
 例えば銀行が沢山の鉄工業者に多大の貸出しをしている場合、自分の利潤から云っても、それ等のもの相互間に競争のあることは望ましいことではない。だから銀行は企業間の競争を出来るだけ制限し、廃止することを利益であると考える。こういう時、銀行はその必要から、又自分が債権者であるという力から、それ等の同種産業者間に協定[#「協定」に傍点]と合同[#「合同」に傍点]を策して、打って一丸とし、本来ならば未だ競争時代にある経済的発展段階を独占的地位に導く作用を営むのだ。――合理化の政策は明かに「大[#「大」に傍点]金融資本家」の利益に追随していた。
 毎月三田銀行へ提出する「業務報告」を書かせられている笠原は、資本関係としての「銀行と会社」というものが、どんな関係で結びつけられているか知っていた。――「H・S工場」の監督権も、支配、統制権もみんな三田銀行が握っていること、営業成績のことで、よく会社へ文句がくること、専務が殆んど三田銀行へ日参していること、誇張して云えば、専務は丁度逆に三田銀行から「H・S」へ来ている出張員のようなものであること……。こういう関係は、いずれ面白いことになりそうだ……笠原がそんなことを話した。森本はだん/\青空を見ていなかった。
 産業の合理化は更に購買と販売の方にもあらわれた。資本家同志で「共同購入」や「共同販売」の組合を作って、原料価格と販売価格の「統制」をする。そうすれば、彼等は一方では労働者を犠牲にして剰余価値をグッと殖《ふ》やすことが出来ると同時に、こゝでは価格が「保証」されるわけだから、二重に利潤をあげることが出来るのだった。彼等の独占的な価格協定のために、安い品物を買えずに苦しむのは誰か? 国民の大多数をしめている労働者[#「労働者」に傍点]だった。
 ――要らなくなったゴミ/\した工場は閉鎖される。労働者はドシ/\街頭におッぽり出される。幸いに首のつながっている労働者は、ます/\科学的に、少しの無駄もなく搾《しぼ》られる。他人事ではないさ。――こういう無慈悲な摩擦《まさつ》を伴いながら、資本主義というものは大きな社会化された組織・独占の段階に進んで行くものなのだ。だから、産業の合理化というものは、どの一項を取り出してきても、結局資本主義を最後の段階まで発達させ、社会主義革命に都合のいゝ条件を作るものだけれども、又どの一項をとってみても、皆結局は「労働者」にその犠牲を強いて[#「犠牲を強いて」に傍点]行われるものなんだ。――「H・S」だって今に……なア……。
 笠原は眼をまぶしく細めて、森本を見た。
 ――「Yのフォード」も何時迄も「フォード」で居られなくなるんでないか、と思うがな。

          十二

 始業のボウで、二人が跳ね上った。笠原はズボンをバタ/\と払って、事務所の方へ走って行った。
 気槌《スチーム・ハンマー》のドズッ、ドズッという地ゆるぎが足裏をくすぐったく揺すった。薄暗い職場の入口で、内に入ろうとして、森本がひょいと窓からゴルフへ行く専務の姿を見て、足をよどました。給仕にステッキのサックを背負わしていた。拍子に、中から出てきた佐伯と身体を打ち当てゝしまった。
 ――失敬ッ!
 ――ひょっとこ奴《め》!
 佐伯? 何んのために、こっちへやって来やがったんだ、――森本は臭い奴だと思った。
 ――何んだ、手前の眼カスベ[#「カスベ」に傍点]か鰈《かれい》か?
 ――何云ってるんだ。窓の外でも見ろ!
 佐伯はチラッとそれを見ると、イヤな顔をした。
 ――あの格好を見れ。「昭和の花咲爺」でないか。ゴルフってあんな恰好しないと出来ないんか。
 ――フン、どうかな……。
 あやふやな受け方をした。佐伯には痛いところだった。
 ――実はね、安部磯雄が今度遊説に来るんだよ。……それを機会に、市内の講演が終ってから、一時間ほど工場でもやってもらうことにしたいと思ってるんだ。これは専務も賛成なんだが……。
 ――主催は? ……君等が呼ぶのか?
 ――冗談じゃない、専務だよ。
 ――専務が※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
 森本が薄く笑った。
 ――へえ、馬鹿に大胆なことをするもんだな。
 ――偉いもんだよ。
 佐伯は森本
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