道場もあった。「H・S会社」から幾分補助を貰っているらしかった。何処かにストライキが起ると、「一般市民の利益のために」争議の邪魔をした。精神修養、心神錬磨の名をかりて、明かにストライキ破りの「暴力団」を養成していたのだ。会社で「武道大会」があると、その仲間が中心になった。
 森本は職場へ下りて行きながら、自分の仕事の段取と目標が眼の前に、ハッキリしてくるのを感じた。

 その日家へ帰ってくると、河田の持って来た新聞包みのパンフレットが机にのっていた。歯車の装幀《そうてい》のある四五十頁のものだった。
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・「工場新聞」
・「工場細胞の任務とその活動」
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 表紙に鉛筆で「すぐ読むこと」と、河田の手で走り書してあった。

          十三

 ――女が入るようになると、気をつけなければならないな。運動を変にしてしまうことがあるから。
 河田がよく云った。――で、森本もお君と会うとき、その覚悟をしっかり握っていた。
「石切山」に待ってゝもらって、それから歩きながら話した。
 胸を張った、そり身のお君は男のような歩き方をした。工場で忙がしい仕事を一日中立って働いている女工たちは、日本の「女らしい」歩き方を忘れてしまっていた。――もう少し合理的に働かせると、日本の女で洋服の一番似合うのは女工かも知れない、アナアキストの武林が、武林らしいことを云っていた。
 工場では森本は女工にフザケたり、笑談口も自由にきけた。然し、こう二人になると、彼は仕事のことでも仲々云えなかった。一寸云うと、まずく吃《ども》った。淫売を買いなれていることとは、すっかり勝手がちがっていた。小路をつッ切って、明るい通りを横切らなければならないとき、彼はおかしい程|周章《あわ》てた。お君が後《うしろ》で、クッ、クッと笑った。――彼は一人先きにドンドン小走りに横切ってしまうと、向い小路で女を待った。お君は落付いて胸を張り、洋装の人が和服を着たときのように、着物の裾をパッ、パッとはじいて、――眼だけが森本の方を見て笑っている――近付いて来た。肩を並べて歩きながら、
 ――森本さん温しいのね。
 とお君が云った。
 ――あ、汗が出るよ。
 ――男ッてそんなものだろうか。どうかねえ……?
 薄い浴衣《ゆかた》は円く、むっつりした女の身体の線をそのまゝ見せていた。時々
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