か、その事で頭を使っていた。
「H・S」では、新たに採用する職工は必ず[#「必ず」に傍点]現に勤務している職工の親や兄弟か……でなければならなかった。専務は工場の一大家族主義化を考えていた。――然しその本当の意味は、どの職工もお互いが勝手なことが出来ないように、眼に見えない「責任上の連繋《れんけい》」を作って置くことにあった。それは更に、賃銀雇傭という冷たい物質的関係以外に、会社のその一家に対する「恩恵」とも見れた。然し何よりストライキ除けになるのだった。で、今合理化の政策を施行しようとしている場合、これが役立つことになるわけだった。
 会社は更に市内に溢れている失業労働者やすぐ眼の前で動物線以下の労働を強いられている半自由労働者――浜人足たちのことを、たゞそれッ切りのことゝして見てはいなかった。そういう問題が深刻になって来れば来るほど、それが又「Yのフォード」である「H・S」の職工たちにもデリケートな反映を示してくるということを考えていた。――そういう一方の「劣悪な条件」を必要な時に、必要な程度にチク/\と暗示をきかして、職工たちに強いことが云えないようにする。――「H・S」はだから、イザと云えば、そういう強味を持っていた。
 合理化の一つの条件として、例えば労働時間の延長を断行しようとする場合、それが職工たちの反感を真正面《まとも》に買うことは分り切っている。然し、軍需品を作るS市の「製麻会社」や、M市の「製鋼所」などでは、それが単なる「営利事業」でなくて、重大な「国家的義務」であるという風に喧伝して、安々と延長出来た例があった。――「抜け道は何処にでもある。」だから、その工場のそれ/″\の特殊性を巧妙につかまえれば、案外うまく行くわけだった。――「H・S」もそうだった。

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自慢じゃ御座んせぬ
 製罐工場の女工さんは
露領カムチャツカの寒空に
 命もとでの罐詰仕事
無くちゃならない罐つくる。

羨ましいぞえ
 製罐工場の女工さんは
一度港出て罐詰になって
 帰りゃ国を富まして身を肥やす
無くちゃならない罐つくる。

自慢じゃ御座んせぬ
 製罐工場の女工さんは
怠けられようか会社のために
 油断出来ようかみ国のために
命もとでの仕事に済まぬ。
[#ここで字下げ終わり]
[#地付き](「H・S会社」発行「キャン・クラブ」所載。)

 そういう
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