仲良しの女工に呼ばれて、そこで腰を並べて、昼食をたべた。
 ――ねえ!
 ワザ/\お君を呼んだ話好きな友達が、声をひそめた。
 ――驚いッちまった!
 女は昨日仕事の跡片付けで、皆より遅くなり、工場の中が薄暗くなりかけた頃、脱衣場から下りてきた。その降り口が丁度「ラバー小屋」になっていた。知らずに降りてきた友達はフトそこで足をとめた。小屋の中に誰かいると思ったからだった。女の足をとめた所から少し斜め下の、高くハメ込んである小さい硝子窓の中に――男と女の薄い影が動いている。
 ――それがねエ!
 女は口を抑えて、もっと低い声を出した。
 男はこっちには背を見せて、ズボンのバンドをしめていた。女は窓の方を向いたまゝうつ向いて、髪に手をやっている。男はバンドを締めてしまうと、後から女の肩に手をかけた。そして片方の手をポケットに入れた。ポケットの中の手が何かを探がしているらしかった。
 ――お金よ! 男がそのお金を女の帯の間に入れてやったのよ、どう?
 ――…………※[#感嘆符疑問符、1−8−78]
 ――で、その女の人一体誰と思う?
 いたずらゝしい光を一杯にたゝえた眼で、お君をジッと見た。
 ――誰だか分ったの?
 ――それアもう! そういうことはねえ。
 ――…………?
 ――芳ちゃんさ[#「芳ちゃんさ」に傍点]!
 ――馬鹿な!
 お君は反射的にハネかえした。
 ――フン、それならそれでいゝさ。
 女は肩をしゃくった。
 お君は一寸だまった。
 ――相手は?
 ――相手? お金商売だもの一日変りだろうよ。誰だっていゝでしょうさ。
 何時でも寒そうな唇の色をしている芳ちゃんは、そう云えば四人の一家を一人で支えていた。お君はそのことを思い出した。――それをこんな調子でものを云う女に、お君はもち前の向かッ腹を立てゝしまった。
 ――でも、妾《わたし》たちの日給いくらだと思っているの。五十銭から七八十銭。月いくらになるか直してごらんよ。――淫乱《すき》なら無償《ただ》でやらせらアねえ!
 お君は飯が終って立ちかけながら、上から浴びせかけた。そして先きに食堂を出てしまった。
 ――馬鹿にしてる!

          十

 午後から女学生の「工場参観」があると云うので、男工たちは燥ゃいでいた。
 ――ヘンだ。ナッパ服と女学生様か! よくお似合いますこと!
 女工たちは露骨な
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