入ってるんだ。――それでも清貧に甘んじるか……。
 それ等が嘘であれ、本当であれ、彼が内心疑っていた事実をピシ/\と指していた。
 気にしまい、気にしまい、そう意識すると、逆にその意識が彼の心を歪める。河田と素直な気持ではもの[#「もの」に傍点]が云えなくなった。河田たちの顔を見ていることが出来なかった。自分ながら可笑《おか》しい程そわ/\して、視線を迷わせた。そして一方自分の何処かでは、河田の云うことに剃刀《かみそり》の刃のような鋭い神経を使っているのだ。
 少し前だった。何時も自分の宿に訪ねてくる特高係が、街で彼を見ると寄ってきた。
 ――君は大分宿代を滞《とど》こらせてるんだな。
 と、ニヤ/\云った。
 ――じゃ、君か!
 彼はそのまゝ立ち止った。刑事は大きな声で笑った。――四五日前、鈴木の友人だと云って、彼の泊っている宿へ来て、今迄滞らせていた宿代を払って行ったものがあったのだ。
 ――いゝじゃないか、こういう事は。お互さ。別に恩をきせて、どうというわけでないんだから。
 それから、一寸聞きたいことがあるんだが、と赤い薄い鬚《ひげ》を正方形だけはやしたその男が、四囲《あたり》を見廻わした。
 二人は大通りから入ったカフエー・モンナミを見付けた。そこのバネ付のドアーを押して二階へ上った。――特高は彼には勝手に、ビールやビフテキを注文した。
 ――断っておくが、こういう事は君たちの勝手にすることで、別に……。
 みんな云わせずに、
 ――分ってるよ。固くならないでさ。一度位はまアゆっくり話もしてみたいんだよ。――いくら僕等でもネ。
 と、云って、ヒヽヽヽヽと笑った。
 彼はもう破れ、かぶれだと思った。彼はそこでのめる[#「のめる」に傍点]程酔払ってしまった。――
「二階」の会合の時も、河田が急いでいたらしかったが、鈴木は自分から先きに出てしまった。ジリ/\と来る気持の圧迫に我慢が出来なかったのだ。――下宿に帰ってくると、誰か本の包みを置いて行ったと云った。彼はそれを聞くと、その意味が分った。
 二階に上って行って解いてみると、知らない講談本だった。彼は本の背をつまんで、頁を振ってみた。ぺったり折り畳まった拾円紙幣が二枚、赤茶けた畳の上に落ちてきた。
 彼はフイ[#「フイ」に傍点]に顔色をかえた。――拾円紙幣が出たからではない。知らずに[#「知らずに」に傍点]本
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