を通ることでもあると、女工たちの間はそれア喧しいものです。
森本は声を出して笑って、
――男の方だって、さアーとした服を着ている社員様をみるとね。ところが、会社には勤勉な職工を社員にするという規定があるんです。会社はそれを又実にうまく使っているようです。ずウッと前に一人か二人を思い切って社員にしたことがあります。然しそれはそれッ切りで、それからは仲々したことが無いんですが、そういうのが変にき[#「き」に傍点]いてるらしいんです。
河田は誰よりも聞いていた。鈴木は然し最後まで一言もしゃべらなかった。拇指《おやゆび》の爪を噛んだり、頭をゴシ/\やったり――それでも所々顔を上げて聞いたゞけだった。
森本は更に河田から次の会合までの調査事項を受取った。「工場調査票」一号、二号。
河田はこうしてY市内の「重要工場」を充分に細密に調査していた。それ等の工場の中に組織を作り、その工場の代表者達で、一つの「組織」と「連絡」の機関を作るためだった。「工場代表者会議」がそれだった。――河田はその大きな意図を持って、仕事をやっていたのだ。ある一つの工場だけに問題が起ったとしても、それはその機関を通じて、直ちにそして同時に、Y市全体の工場の問題にすることが出来るのだ。この仕事を地下に沈ませて、強固にジリ/\と進めていく! それこそ、どんな「弾圧」にも耐え得るものとなるだろう。この基礎の上に、根ゆるぎのしない産業別の労働組合を建てることが出来る。――河田は眼を輝かして、そのことを云った。
――ブルジョワさえこれと同じことを已《すで》にやってるんだ。工場主たちは「三々会」だとか、「水曜会」だとか、そんな名称でチャンとお互の連絡と結束を計ってるんだ。
暗い階段を両方の手すり[#「手すり」に傍点]に身体を浮かして、降りてくると、河田も降りてきた。
――君は大切な人間なんだ。絶対に警察に顔を知られてはならないんだからね。
森本は頬に河田の息吹きを感じた。
――「工場細胞」として働いてもらおうと思ってるんだ。
彼の右手は階段の下の、厚く澱んだ闇の中でしっかりと握りしめられていた。
彼は外へ出た。気をとられていた。小路のドブ板を拾いながら、足は何度も躓《つまず》いた。
――工場細胞!
彼はそれを繰り返えした。繰りかえしているうちに、ジリ/\と底から興奮してくる自分を感じた。
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