ると、こう涙が出て来るんだ。
――そうね。
お君は自分の眼をこすった。
――さ、行って、賞《ほ》めてやらないと。
お君は女工たちの方へ走って行った。芳ちゃんは皆に取り巻かれていた。見ると、彼女は堪えていた興奮から、自分でワッ! と泣き出してしまっていた。
――安心出来ないよ。廻って歩くと、こゝに集ってるのは矢張り「会社存亡組」が多いんだ。仲間の一人が森本に云った。
――然し一旦《いったん》こう集ってしまえば、一つの勢い[#「勢い」に傍点]に捲《ま》き込まれて、案外大したことにならないかも知れない。
――然し、俺達も危ない機微をつかんで、成功したな。あとはしゃり[#「しゃり」に傍点]無理、こっちへ引きずることだ。
次に各職場の代表者が一人ずつ、壇に上った。彼等は全部「細胞」だった。一人々々が火のような言葉を投げつけた。「会社存亡の秋《とき》」を名として、全職工を売ろうとしている彼奴等のからくり[#「からくり」に傍点]をそこで徹底的にさらけ出した。――と、職工たちのなかに、風の当った叢林《そうりん》のような動揺がザワ/\と起った。森本はハッとした。然しそれが代る/″\立つ容赦のない暴露で、見る/\別な一つのうねり[#「うねり」に傍点]のような動きに押され出した。
電燈がついた。薄暗がりの中に、たゞ灰一色に充満していた職工たちが――その集団が――悍しい肩と肩が、瞬間にクッキリと躍《おど》り上った。誰かゞ、
――そら、電燈がついたぞ!
と云った。
その意味のない言葉は、然し皆の気持ちを急にイキ/\とさせた。
結束[#「結束」に傍点]はアこの時ぞ。
突然四五人が足踏みをして歌い出した。バアーを飲み歩いている職工たちは、誰でもその歌位は知っていた。それが今少しの無理もなく口をついて出たのだ。皆が一斉にその方を見たので、彼等は少してれたように、次の歌が澱んだ。然し、太い揃わない声が続いた。
卑怯者去らばア去れエ。
森本が壇に上ったのは一番後だった。彼は何も云う必要がなかった。たゞ用意していた「決議文」と「要求書」の内容を説明して、皆の承諾を得ればよかったのだ。これ等のあらゆる細かい処に、河田たちの用意が含まっていた。
彼がまだ云い終らないうちだった。激しい云い争いが下の階段に起った。――職工は一度に腰掛けを蹴《け》った。一つの勢いを持った
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