に、お前だけ工場長にでもなったように、ツウーンとしているんだな。
 森本はギョッとして、キツ先を外した。
 ――指導精神が違いますだ。
 ――そうか。自分だけは喰わなくてもいゝッて指導精神か。結構だな。
 ――そ。正にそう。
 森本は製罐部で見て置かなければならなかったのは、肉親関係をお互に持っている職工たちの動きだった。それはお君や、この方の同志にも殊更に注意して置いた。然しまだそれは見えていなかった。
 たゞ心配なことは、工場全体の動きを早くも見てとって、工場長が「H・S」全体に利害を持つことだからと、「工場大会」か何かの形で「先手」を打って来ないか、ということだった。――工場内の動きのうちには、ハッキリ分ることだが、自分たちの立場、階級的な気持からではなくて、矢張り其処には「会社全体の大問題」だという興奮のあることを見逃すことが出来なかった。乗ぜられ易い機微を、彼はそこに感じた。
 鋳物場では車輪の砂型をとってある側に、三四人立ち固まっていた。木型の大工も交っていた。すぐ下がってくる水洟《みずばな》を何度も何度もすゝり上げていた。
 ――誰か思いきって、グイと先頭に立つものが居なかったら、こういうものは駄目なんだ。
 云っているのは増野だった、――見習工のとき、彼は溶かした鉄のバケツを持って、溶炉から砂型に走って行く途中、足下に置き捨てゝあった木型につまずいて、顔の半分を焼いた。そのあとがひどくカタを残していた。
 ――各職場から一人か二人ずつ出るんだな。
 森本は彼を「細胞」の候補者にしていた。
 鋳物工の職工は、どれも顔にひッちりをこしらえたり、手に繃帯《ほうたい》をしていた。砂型に鉄を注ぎ込むとき、水分の急激な発散と、それと一緒に起る鉄の火花で皆やけど[#「やけど」に傍点]をしていた。
 鍛冶場の耳の遠い北川爺は森本をみると、
 ――ビラの通りに何んか起るのか。どうしても、こういう工合にしなけア駄目なもんかなア、森よ!
 と云った。
 ――そうだよ。そうなれば爺《じい》ちゃだって、安心ッてもんだ。
 北川爺は耳が遠いので、彼を見ながら、頭をかしげて、あやふやな笑い顔を向けた。
 打鋲《リベッチング》の山上は、
 ――やるど!
 と云った。彼は同志の一人だった。
 ――仕上場はどうだい?
 腕を少し動かしても、上膊の筋肉が、グル、グルッとこぶ[#「こぶ」に
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