た。
余程過ぎてからだった。――「糞壺」の階段を南京袋のように漁夫が転がって来た。着物と右手がすっかり血まみれになっていた。
「出刃、出刃! 出刃を取ってくれ!」土間を匐《は》いながら、叫んでいる。「浅川の野郎、何処へ行きゃがった。居ねえんだ。殺してやるんだ」
監督のためになぐられたことのある漁夫だった。――その男はストーヴのデレッキを持って、眼の色をかえて、又出て行った。誰もそれをとめなかった。
「な!」函館の漁夫は友達を見上げた。「漁夫だって、何時も木の根ッこみたいな馬鹿でねえんだな。面白くなるど!」
次の朝になって、監督の窓硝子《まどガラス》からテーブルの道具が、すっかり滅茶苦茶に壊《こわ》されていたことが分った。監督だけは、何処にいたのか運良く「こわされて[#「こわされて」に傍点]」いなかった。
六
柔かい雨曇りだった。――前の日まで降っていた。それが上りかけた頃だった。曇った空と同じ色の雨が、これもやはり曇った空と同じ色の海に、時々|和《なご》やかな円るい波紋を落していた。
午《ひる》過ぎ、駆逐艦がやって来た。手の空いた漁夫や雑夫や船員が、デッキ
前へ
次へ
全140ページ中91ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング