て、身体が青黄く、ムクンでいる漁夫が、ドキッ、ドキッとくる心臓の音でどうしても寝れず、甲板に上ってきた。手すりにもたれて、フ糊[#「フ糊」に傍点]でも溶かしたようにトロッとしている海を、ぼんやり見ていた。この身体では監督に殺される。然《しか》し、それにしては、この遠いカムサツカで、しかも陸も踏めずに死ぬのは淋《さび》し過ぎる。――すぐ考え込まさった。その時、網と網の間に、誰かいるのに漁夫が気付いた。
 蟹の甲殻の片《かけら》を時々ふむらしく、その音がした。
 ひそめた声が聞こえてきた。
 漁夫の眼が慣れてくると、それが分ってきた。十四、五の雑夫に漁夫が何か云っているのだった。何を話しているのかは分らなかった。後向きになっている雑夫は、時々イヤ、イヤをしている子供のように、すねているように、向きをかえていた。それにつれて、漁夫もその通り向きをかえた。それが少しの間続いた。漁夫は思わず(そんな風だった)高い声を出した。が、すぐ低く、早口に何か云った。と、いきなり雑夫を抱きすくめてしまった。喧嘩《けんか》だナ、と思った。着物で口を抑えられた「むふ、むふ……」という息声だけが、一寸《ちょっと》の間聞えていた。然し、そのまま動かなくなった。――その瞬間だった。柔かい靄の中に、雑夫の二本の足がローソクのように浮かんだ。下半分が、すっかり裸になってしまっている。それから雑夫はそのまま蹲《しゃが》んだ。と、その上に、漁夫が蟇《がま》のように覆《おお》いかぶさった。それだけが「眼の前」で、短かい――グッと咽喉《のど》につかえる瞬間に行われた。見ていた漁夫は、思わず眼をそらした。酔わされたような、撲《な》ぐられたような興奮をワクワクと感じた。
 漁夫達はだんだん内からむくれ上ってくる性慾に悩まされ出してきていた。四カ月も、五カ月も不自然に、この頑丈《がんじょう》な男達が「女」から離されていた。――函館で買った女の話や、露骨な女の陰部の話が、夜になると、きまって出た。一枚の春画がボサボサに紙に毛が立つほど、何度も、何度もグルグル廻された。
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…………
床とれの、
こちら向けえの、
口すえの、
足をからめの、
気をやれの、
ホンに、つとめ[#「つとめ」に傍点]はつらいもの。
[#ここで字下げ終わり]

 誰か歌った。すると、一度で、その歌が海綿にでも吸われるように、皆に覚えられてしまった。何かすると、すぐそれを歌い出した。そして歌ってしまってから、「えッ、畜生!」と、ヤケに叫んだ、眼だけ光らせて。
 漁夫達は寝てしまってから、
「畜生、困った! どうしたって眠《ね》れないや」と、身体をゴロゴロさせた。「駄目だ、伜[#「伜」に傍点]が立って!」
「どうしたら、ええんだ!」――終《しま》いに、そう云って、勃起《ぼっき》している睾丸《きんたま》を握りながら、裸で起き上ってきた。大きな身体の漁夫の、そうするのを見ると、身体のしまる[#「身体のしまる」に傍点]、何か凄惨《せいさん》な気さえした。度胆《どぎも》を抜かれた学生は、眼だけで隅《すみ》の方から、それを見ていた。
 夢精[#「夢精」に傍点]をするのが何人もいた。誰もいない時、たまらなくなって自涜[#「自涜」に傍点]をするものもいた。――棚《たな》の隅にカタ[#「カタ」に傍点]のついた汚れた猿又や褌《ふんどし》が、しめっぽく、すえ[#「すえ」に傍点]た臭《にお》いをして円《まる》められていた。学生はそれを野糞のように踏みつけることがあった。
 ――それから、雑夫の方へ「夜這《よば》い」が始まった。バットをキャラメルに換えて、ポケットに二つ三つ入れると、ハッチを出て行った。
 便所臭い、漬物樽《つけものだる》の積まさっている物置を、コックが開けると、薄暗い、ムッとする中から、いきなり横ッ面でもなぐられるように、怒鳴られた。
「閉めろッ! 今、入ってくると、この野郎、タタキ殺すぞ!」

        ×     ×     ×

 無電係が、他船の交換している無電を聞いて、その収獲を一々監督に知らせた。それで見ると、本船がどうしても負けているらしい事が分ってきた。監督がアセリ[#「アセリ」に傍点]出した。すると、テキ[#「テキ」に傍点]面にそのことが何倍かの強さになって、漁夫や雑夫に打ち当ってきた。――何時《いつ》でも、そして、何んでもドン詰りの引受所が「彼等」だけだった。監督や雑夫長はわざと「船員」と「漁夫、雑夫」との間に、仕事の上で競争させるように仕組んだ。
 同じ蟹《かに》つぶしをしていながら、「船員に負けた」となると、(自分の儲《もう》けになる仕事でもないのに)漁夫や雑夫は「何に糞ッ!」という気になる。監督は「手を打って」喜んだ。今日勝った、今日負けた、今度こそ負けるもんか――
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