、日本にだってそうないんだ。今度社長が代議士になるッて云うし、申分がないさ。――やはり、こんな風にしてもひどく[#「ひどく」に傍点]しなけア、あれだけ儲けられないんだろうな」
夜になった。
「一万箱祝」を兼ねてやることになり、酒、焼酎《しょうちゅう》、するめ、にしめ、バット、キャラメルが皆の間に配られた。
「さ、親父《おど》のどこさ来い」
雑夫が、漁夫、船員の間に、引張り凧《だこ》になった。「安坐《あぐら》さ抱いて見せてやるからな」
「危い、危い! 俺のどこさ来いてば」
それがガヤガヤしばらく続いた。
前列の方で四、五人が急に拍手した。皆も分らずに、それに続けて手をたたいた。監督が白い垂幕の前に出てきた。――腰をのばして、両手を後に廻わしながら、「諸君は」とか、「私は」とか、普段云ったことのない言葉を出したり、又|何時《いつ》もの「日本男児」だとか、「国富」だとか云い出した。大部分は聞いていなかった。こめかみと顎《あご》の骨を動かしながら、「するめ」を咬《か》んでいた。
「やめろ、やめろ!」後から怒鳴る。
「お前えなんか、ひっこめ! 弁士がいるんだ、ちアんと」
「六角棒の方が似合うぞ!」――皆ドッと笑った。口笛をピュウピュウ吹いて、ヤケに手をたたいた。
監督もまさか其処《そこ》では怒れず、顔を赤くして、何か云うと(皆が騒ぐので聞えなかった)引っ込んだ。そして活動写真が始まった。
最初「実写」だった。宮城、松島、江ノ島、京都……が、ガタピシャガタピシャと写って行った。時々切れた。急に写真が二、三枚ダブって、目まいでもしたように入り乱れたかと思うと、瞬間消えて、パッと白い幕になった。
それから西洋物と日本物をやった。どれも写真はキズが入っていて、ひどく「雨が降った」それに所々切れているのを接合させたらしく、人の動きがギクシャクした。――然しそんなことはどうでもよかった。皆はすっかり引き入れられていた。外国のいい身体をした女が出てくると、口笛を吹いたり、豚のように鼻をならした。弁士は怒ってしばらく説明しないこともあった。
西洋物はアメリカ映画で、「西部開発史[#「西部開発史」に傍点]」を取扱ったものだった。――野蛮人の襲撃をうけたり、自然の暴虐に打ち壊《こわ》されては、又立ち上り、一間《いっけん》々々と鉄道をのばして行く。途中に、一夜作りの「町」が、まるで
前へ
次へ
全70ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング