ない人、これ。(偉張って、相手をなぐり倒す恰好)それ、みんな駄目! 働く人、これ。(形相|凄《すご》く立ち上る、突ッかかって行く恰好。相手をなぐり倒し、フンづける真似)働かない人、これ。(逃げる恰好)――日本、働く人ばかり、いい国。――プロレタリアの国! ――分る?」
「ん、ん、分る!」
ロシア人が奇声をあげて、ダンスの時のような足ぶみ[#「ぶみ」に傍点]をした。
「日本、働く人、やる。(立ち上って、刃向う恰好)うれしい。ロシア、みんな嬉しい。バンザイ。――貴方方、船へかえる。貴方方の船、働かない人、これ。(偉張る)貴方方、プロレタリア、これ、やる!(拳闘のような真似――それからお手々つないでをやり、又突ッかかって行く恰好)――大丈夫、勝つ! ――分る?」
「分る!」知らないうちに興奮していた若い漁夫が、いきなり支那人の手を握った。「やるよ、キットやるよ!」
船頭は、これが「赤化」だと思っていた。馬鹿に恐ろしいことをやらせるものだ。これで――この手で、露西亜が日本をマンマ[#「マンマ」に傍点]と騙《だま》すんだ、と思った。
ロシア人達は終ると、何か叫声をあげて、彼等の手を力一杯握った。抱きついて、硬い毛の頬をすりつけたりした。面喰《めんくら》った日本人は、首を後に硬直さして、どうしていいか分らなかった。……。
皆は、「糞壺」の入口に時々眼をやり、その話をもっともっとうながした。彼等は、それから見てきたロシア人のことを色々話した。そのどれもが、吸取紙に吸われるように、皆の心に入りこんだ。
「おい、もう止《よ》せよ」
船頭は、皆が変にムキにその話に引き入れられているのを見て、一生懸命しゃべっている若い漁夫の肩を突ッついた。
四
靄《もや》が下りていた。何時も厳しく機械的に組合わさっている通風パイプ、煙筒《チェムニー》、ウインチの腕、吊《つ》り下がっている川崎船、デッキの手すり、などが、薄ぼんやり輪廓をぼかして、今までにない親しみをもって見えていた。柔かい、生ぬるい空気が、頬《ほお》を撫《な》でて流れる。――こんな夜はめずらしかった。
トモ[#「トモ」に傍点]のハッチに近く、蟹の脳味噌の匂いがムッ[#「ムッ」に傍点]とくる。網が山のように積《つま》さっている間に、高さの跛《びっこ》な二つの影が佇《たたず》んでいた。
過労から心臓を悪くし
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