ら煙草をのんでいる。はき出す煙が鼻先からすぐ急角度に折れて、ちぎれ飛んだ。底に木を打った草履《ぞうり》をひきずッて、食物バケツをさげた船員が急がしく「おもて」の船室を出入した。――用意はすっかり出来て、もう出るにいいばかりになっていた。
 雑夫《ざつふ》のいるハッチを上から覗《のぞ》きこむと、薄暗い船底の棚《たな》に、巣から顔だけピョコピョコ出す鳥のように、騒ぎ廻っているのが見えた。皆十四、五の少年ばかりだった。
「お前は何処《どこ》だ」
「××町」みんな同じだった。函館の貧民|窟《くつ》の子供ばかりだった。そういうのは、それだけで一かたまりをなしていた。
「あっちの棚は?」
「南部」
「それは?」
「秋田」
 それ等は各※[#二の字点、1−2−22]棚をちがえていた。
「秋田の何処だ」
 膿《うみ》のような鼻をたらした、眼のふち[#「ふち」に傍点]があかべをしたようにただれているのが、
「北秋田だんし」と云った。
「百姓か?」
「そんだし」
 空気がムン[#「ムン」に傍点]として、何か果物でも腐ったすッぱい臭気がしていた。漬物を何十|樽《たる》も蔵《しま》ってある室が、すぐ隣りだったので、「糞」のような臭いも交っていた。
「こんだ親父《おど》抱いて寝てやるど」――漁夫がベラベラ笑った。
 薄暗い隅《すみ》の方で、袢天《はんてん》を着、股引《ももひき》をはいた、風呂敷を三角にかぶった女|出面《でめん》らしい母親が、林檎《りんご》の皮をむいて、棚に腹ん這《ば》いになっている子供に食わしてやっていた。子供の食うのを見ながら、自分では剥《む》いたぐるぐるの輪になった皮を食っている。何かしゃべったり、子供のそばの小さい風呂敷包みを何度も解いたり、直してやっていた。そういうのが七、八人もいた。誰も送って来てくれるもののいない内地から来た子供達は、時々そっちの方をぬすみ[#「ぬすみ」に傍点]見るように、見ていた。
 髪や身体がセメントの粉まみれになっている女が、キャラメルの箱から二粒位ずつ、その附近の子供達に分けてやりながら、
「うちの健吉と仲よく働いてやってけれよ、な」と云っていた。木の根のように不恰好《ぶかっこう》に大きいザラザラした手だった。
 子供に鼻をかんでやっているのや、手拭《てぬぐい》で顔をふいてやっているのや、ボソボソ何か云っているのや、あった。
「お前さんどこ
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